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2014/04/06

渡邉正男先生「日本における文書の廃棄と再利用」

Tweet ThisSend to Facebook | by:LAPスタッフ

 南京大学集中講義「排泄」の第三週、三月十九日、二十日は、東京大学史料編纂所の渡邉正男先生に「日本における文書の廃棄と再利用」と題して、廃棄物リサイクルの典型である「紙」の文書作成、保管、廃棄、再利用の一連の過程について、具体的な事例を挙げながらご講義いただきました。

 一日目の講義では、主に律令国家において朝廷や幕府の文書の廃棄の仕組みと、「紙背文書」の再利用の方法についてのお話でした。東大寺正倉院宝庫に所蔵され保管されている「正倉院文書」は、今でこそ珍重されておりますが、文書が作成された当時から継続して重要な公文書として大切に保管されてきた訳ではありません。律令国家において公文書は一定の期間が過ぎると廃棄され、裏紙を活用する「紙背文書」として生まれ変わるか、漉き返され「宿紙」として再利用されていました。正倉院文書はその前者で、一度廃棄され、紙背文書として金光明寺の写経所にて再利用され、そしてそれがいつの間にか東大寺正倉院に移り、元禄六年に穂井田忠友(1791-1847、考古・古典学者)によって正倉院の宝庫整理の際に発見・整理され、現在に至るという経緯を辿っています。本来国によって永久保存版として残されるはずであった「庚午年籍」が現存せず、不要なものとして廃棄され紙背文書として再利用された「正倉院文書」が偶然残ったことは非常に貴重だと言えます。ゴミとして廃棄された「紙」であっても歴史学者にとっては紙背に重要な文書が隠されている可能性があるので、紙背に書かれた文書の方がお宝になるということは非常に興味深いものでした。他にも、鎌倉幕府における訴訟関係文書の保管・廃棄の例として、「壬生家文書」に所収さている「関東下知文書」と「富吉荘雑掌申状案」などを挙げ、幕府と朝廷に文書の保管体制があったことが明らかにされました。紙背文書には、編纂された史料からは分からない情報が隠されている可能性があり、本講義で挙げられた史料を通して、その時折の読み手や時代の価値判断によって表が裏として、裏が表として扱われてきた「紙」の変遷を辿りました。

 二日目は、使用済みの和紙を漉き直して作る「宿紙」(漉返)についてお話いただきました。「宿紙」とは所謂再生紙のことですが、天皇の意思を伝える国の最高権威を持つ紙文書である「綸旨」は、宿紙で作るという習慣がありました。太平記の中に出てくる「謀綸旨」を作成するために「宿紙ヲ俄ニ染出シ」て作るという記述から、宿紙には色がついていたことが分かります。色が付いているといっても鮮やかな色ではなく、再生される以前の紙に書かれた墨が混ざるために色が付きます。近世になると、漉き返し紙ではないのに故意に紙を黒く染めるようになります。それは、次第に綸旨は薄墨色でなければならないという価値観に変わったからであり、真っ黒な紙も存在しました。また、中世では紙が潤沢でなかったために、日本国内最大の製紙技術を持つ図書寮紙屋院の人々は、時に外記日記や写経の紙を盗み、漉き返してしまったということは、あちらこちらの史料から読み取れました。

 一度は廃棄され、元来世に残されるはずではなかった「紙」史料を通じて、中世の人々の心理状態さえも垣間見ることができ、「廃棄」されるものが必ずしも余計なものではないということを改めて学び、改めて自身の価値判断が大切であることが強調され、好奇心に駆られると共に身が引き締まるような講義でした。
(麻生高代)







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