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いまアジアの隣国とつきあうために――南京大との試み――(教養学部報550号(2012.10.10))

刈間 文俊(超域文化科学専攻/中国語)

550-B-3-3-01.jpgお隣とのつきあいは、ときに難しい。境界の揉めごとが絡むとなおさらだ。引っ越すことはできないし、仕事や生活も補い合う関係だとしたら、知恵を働かせて、相手の立場を含めた共通の地盤を築いていかねばならない。それにはまず相手をよく知ることだ。なにを考えているのか、なにに喜び、悩んでいるのか、なにをしたいのか、中国や韓国との間に摩擦が生じているときこそ、知的な刺激に富んだ対話の場を提供することが、大学に求められている。

駒場キャンパスでは、アジアの大学との教育交流プログラムがいくつも実施されている。そのうちのひとつ、南京大学との間で行われている事業について紹介したい。これは、駒場と南京をつないで、ひとつのテーマを軸に、1年をかけて展開される巡回式の教育交流プログラムである。

巡回式とはなにか。少し分かりにくいかもしれないが、まず文理融合のテーマが設定され、両大学を巡回する形で講義が展開される。今年のテーマは「変容」。 何かが形を変え、姿を変えて現れるという、つねに我々の恐れと憧れを掻き立ててやまない現象を、精神分析から脳の可塑性、キリスト教、性転換、生物の変態、政体の変革から退廃まで、さまざまなトポスにおいて考える。これは冬学期に開講されるテーマ講義の紹介である。水曜5限の講義は、南京大にネット中継 され、日本語科の学生も受講することになっている。そして、11月中旬には南京大の受講生代表8名が駒場キャンパスを訪れ、「駒場一週間体験プログラム」 に参加する。駒場の講義をできるだけ多く聴講するとともに、共同研究や課外活動にも参加して、駒場の日常を体験してもらおうという活動だ。

550-B-3-3-02.jpg巡回式といったが、じつは「変容」は3月に南京大で集中講義として開講されている。本郷や柏も含め九名の教員が参加し、4週間にわたって講義を行っている。 ほかの先生の講義を聞く機会はめったにないので、私も多くの刺激をいただいた。酒井邦嘉先生の「脳から見た人間の言語の変容」は、中国語担当の私には目か ら鱗が落ちる思いの面白さだった。冬学期のテーマ講義では、教員も自分の前の講義をなるべく聴講して連続性を考えようと企画しているが、これは集中講義に 参加した何人もの先生の声から生まれた試みである。

集中講義は日本語で行われるが、日本語科以外の多くの南京大生が聴講するため、日本語科の4年生が同時通訳するのが恒例となっている。その語学力は見事である。

この集中講義には東大からも学生が参加している。20名が2班に分かれて、1週間ずつ、午前2コマの講義を毎日一緒に受講し、午後は討論を行うというハー ドスケジュールである。東大側は1年生から院生までの混成グループで、異文化のなかで討論を行う体験が、学年を超えた東大生どうしの交流を刺激するものと なっている。

この冬学期の開講科目を見ていただくと、全学自由研究ゼミナールとして「水」が開講されるはずだ。これが来年3月の南京大・集中講義である。人と水とのかかわりは、太古から現代にいたるまで非常に密なものがある。水は文明を育み、人々の意識に影響を与えてきただけではない。水は独特な性質をもつ物質として 独自の研究テーマを提供してきた。水とはなにか、グローバルヒストリーから思想史、美術論、生命環境から地震・津波にいたるまで、水をいかに語るか、8名 の教員が文理融合のテーマに挑戦する。

この集中講義に先だって、12月20日(木)に「水」をテーマに講演会が開かれる。これも南京大にネット中継され、来るべき集中講義のプレ講演となってい る。巡回式といったが、このプログラムは12月の駒場での講演会に始まり、3月に南京、そして10月から駒場へと一周する形になっているのである。

交流に参加した両校の学生の声は、報告集にまとめられている。次の集中講義からは後期課程も単位が認定される。関心のある方は、教養教育高度化機構LAP(リベラルアーツ・プログラム)のホームページを参照されたい。

以上、教養学部報第550号(2012.10.10)より転載いたしました。

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