ディシプリン(学問領域)に
とらわれない思考を身につけたい

第5回 10月25日 後藤絵美

イスラームと家―性別空間分離の過去・現在・未来―(1)

イスラーム教徒が暮らす家の特徴としてしばしば挙げられてきたのが、性別による空間分離の傾向である。婚姻外の男女(婚姻が禁止された関係を除く)の接触を制限したり、女性の美しい部分を覆い隠したりする行為は、イスラームの啓典クルアーンに由来するものでもある。一方で、そうした行為の実践のあり方は、時代や地域、個々人によってかなりの程度異なってきた。本講義ではエジプト・カイロの家とそこに暮らす人々に焦点をあてて、その多様性やダイナミズムを知るとともに、それらが生まれる背景について考えていきたい。

講師紹介

後藤絵美
西アジア・中東地域研究、イスラム文化・思想、服飾文化史。東京大学総合文化研究科博士課程修了。学術博士。平和中島財団奨学生としてエジプトに留学、カイロ・アメリカン大学女性・ジェンダー研究所に研究員として在籍(2003–5年)。東京大学東洋文化研究所助教(2013年-15)を経て、現職は東京大学日本・アジアに関する教育研究ネットワーク特任准教授(2015- )。主著『神のためにまとうヴェール―現代エジプトの女性とイスラーム』(中央公論新社、2014年)、共訳『「女性をつくり変える」という思想』(明石書店、2009年)。
授業風景

後藤絵美先生 イスラームと家ー性別空間分離の過去・現在・未来 ①

後藤先生は、二回の講義で「家」を題材にイスラームについて考えたり、先生ご自身の経験を通して学生の皆さんに異文化・自文化を理解してもらえるえることを目標としています。

まず始めの導入ではイスラームについての基礎知識について学びましたです。イスラーム(islam)とはアラビア語で自己を神に引き渡すことを意味していて、現在世界のムスリム人口は約16億人とされています。そして、イスラームの啓典であるクルアーン(コーラン)は、断片的に降りて来た神の言葉の集成、その最後の預言を受けたとされるのがムハンマドです。

次に、現代モスクの原型とされているのがムハンマドが初期にマディーナに移住した際に作られた家です。各地のモスクに必ずあるミンバル(階段)はムハンマドが立って布教・説教をしていたとされる場所、その横にはミフラーブと言われるメッカの方向に向かっている壁のくぼみがあります。

本題の「家」との関係について、先生はエジプトを例にした家の性別空間分離について話してくれました。現代エジプトの間取り図を見ると、玄関が直接リビング、ダイニングと繋がり、台所が奥の方にあります。男と女の家での空間分離があるというのは、お客が女性だった場合には奥の方まで案内されて他の女性とおしゃべりしたり、奥にある台所の手伝いをお願いされたりするからです。先生の経験のお話で、女性は台所で作業してる時はヴェールをめくったり外したりしますが、リビングに出る時(男がいるところ)ではまた被ります。このように家とヴェールでの性別空間分離が起きているのです。

しかし、エジプトでは1950年代男女問わず西洋風の服装を着用していたし、1970年代でもまだズボンを履いていたのが、1990年代になるとヴェールを被る女性がまた増えたのです。2000年代に入ると8割ぐらいの女性がヴェールを被るようになりましたが、この現象をどう理解すればいいのでしょうか。

ファドワ・エル=グインディーの先行研究では、ムスリム的道徳観の前提(婚姻可能であるけど夫婦関係にはない男女の空間を分離する)が20世紀の急激な社会変化により崩れ、それを取り戻そうとした動きがあったから、としていますが、本当にそうなのでしょうか?

次回はクルアーンに何が示されているのかを見ながら、この前提を問い直してみます。

コメント(最新2件 / 27)

gene32    reply

家という題材から性別空間分離という日本ではなじみの薄いトピックに触れることができたことがよかったと思います。現代エジプトの家の間取りでは玄関に入るといきなりリビングになっており、落ち着けないなと思いました。女性が露出しない文化であるにもかかわらず、最も生活感のあるリビングを物を届けに来ただけの訪問客にさえも見せるような構造になっており、興味深いなと思いました。

AIL205    reply

非常に興味深い内容でした。
小学校の頃に『天から降ってきたお金』という物語を読んだことがあります。主人公のホジャという男性はイスラム教徒なのですが、彼の妻が登場する際「顔を隠す」「さっさと台所に引っ込む」などの表現が見られます。それ以来、イスラームにおいて、「女性は奥にいることが多い、規律が厳しい」といったイメージを抱いていました。それだけに、今回の授業で伺ったイスラームの「性別空間分離」のお話は印象深かったです。具体的な論説や、性別空間分離の衰退→復活という流れに関しても興味が持てました。
最近イスラーム圏では、女性の地位向上が課題であるという話を聞きます。ヴェールは確かに宗教規律に合致するかもしれませんが、一方で過度な遵守は差別を助長するのも事実です。1000年以上前の教えを今でも守っているということは素晴らしいと思いつつも、現代社会との軋轢が生じてしまうというのは、まさに現代に生きる我々にとって解決困難な問題なのかもしれないと感じました。

akioto0927    reply

人がその生涯において一番長くいる場所、すなわち家における性別分離。その構造や家庭の在り方の背景に存在するムスリム的道徳観とは?様々な面でイスラーム世界の生活に多大な影響を及ぼしているクルアーンの言葉についてなど、とても興味深い内容でした。来週も楽しみにしています。

ma76    reply

最後のエジプトのドラマが面白かった。
どんだけ結婚したくてもあのような男とは我慢できない気がする。
また、イスラム圏では家が完全に男の場所と女の場所で分かれているというのが興味深かった。
次回の講義も楽しみである。

panda123    reply

エジプトの家の間取りは、玄関から入るとすぐにリビングになっていたり、リビングとキッチンが離れていたりするなど、日本の家とは異なることを知り、普段当たり前のように考えて気にしなかったようなこともやはり文化によって違うのだなと興味深かった。またエジプトでは女性がヴェールを着用していることはなんとなく知っていたけれど、家の中でさえも男女で空間が分離されているということは初めて知り、驚いた。

Kaiji827    reply

第五回にしてついに講義題目である「家」が分かりやすく登場。エジプトの家の間取りは一見普通に見えて実は「性別」という見えない壁で仕切られている。私たちから見ると非合理に見える習慣でも背景にはムスリムの道徳観があり、女性解放は実は秩序の破壊でしかない。そこで落ち着くかと思いきや、後藤先生はその道徳観を問い直して来た。クルアーンの文章を見たのは初めてだったので正直理解できなかったが、道徳観の前提に迫るこの授業は面白い。

7vincent7    reply

先生がエジプトで訪問されたお家の様子など、具体的な実体験を教えていただいたため、イスラームの文化圏の「家」ではいかに性別空間の分離がなされているかを学びました。
 また、家だけでなくヴェールにもその分離が確認でき、さらにヴェール着用の動きが衰退し、復活したということが面白いと感じました。秩序再生のためとはいえ、動きやすい服装からヴェール着用への転換は反発の動きがありそうに思われますが、現在は約八割の女性がヴェールをつけているときき、宗教的な価値観の強さを実感しました。

ya33    reply

今までなぜか、漠然とエジプトの家は、日干しレンガの厚い壁で窓が小さいものなのだろうと想像していたが、全然近代的で驚いた。台所と食卓が離れているのもなぜだろうと思ったが、イスラーム文化の影響なんだろうということが、説明を聞いてわかった。客がいないときは食卓で食べることも有るというのもオモシロイと思った。また全てが全てそうではないのかもしれないが、トイレが客用と家の人用に別れてることにみられる、清潔感への強い思いもわかった。

mdk216    reply

イスラームの日本との文化の違いや、その起源、言葉の意味などを学ぶことができた。ヴェールの衰退からまた復活という性別に関する文化的な流れは、ムスリム的道徳観の再興といった理由によるものであるのだろうが、しかし写真のヴェールを見てみると昔は黒のヴェールばかりだったのに対し今は色や形が様々になり、ファッションに近い側面も持っているのでは?と個人的に思った。

mthw509    reply

今回のイスラームの講義で一番印象に残ったのは、女性のヴェールについてです。ヴェールはつけなければいけないもので、今まで変わっていないと思っていました。エジプトでは、衰退し、また復活したということに非常に驚きました。また、少しそれてしまうのですが、私たちと同じくらいの歳の時に先生がイスラーム圏の国々に行かれていたという話を聞いて、大学生のうちにもっと積極的に将来に向けて動かなくてはと思いました。

HSn1230    reply

イスラーム圏では、家族内の性別役割分担はもちろんのこと、来訪客に対する扱いも性別によって違うのだということに驚いた。
エジプトでは、かつて女性のヴェールを廃しようとする動きがあったが、次第に消えていったということも全く知らなかった。
とても興味深い講義であった。

minorin7    reply

私はイスラムにおけるベールの着用や男女別教育などの性の隔離に疑問を抱いていました。なんの信念でそのような差別化を図るのでしょうか。イスラムのことをよく知っているわけではないのでこの講義と次回の講義を機にイスラムへの理解や考察を深めたいと思います。

mk0806    reply

理系で世界史選択なのですが、イスラーム世界の生活に根ざした部分やコーラン、ムハンマドなどの意味や知識は全く知りませんでした。イスラム圏のマレーシアに行ったことがありますが、もう少しイスラムに関することを知っていればより多くの気づきや発見があったのかなと思いました。家とヴェールによる性別空間分離の歴史的な流れが興味深かったです。

ngnl0715    reply

大学受験時代に世界史で習ったイスラームについてはかなり忘れている部分があったので、基礎から教えて頂いて有り難かった。受験勉強では学ばなかったイスラームの家の構造など、ムスリムの生活に密着した特徴を学ぶことができ、有意義な講義だったように思える。

grape22    reply

イスラーム圏における男女の空間分離は、家での過ごし方だけでなく、家の構造そのものにも顕著に表れているという点が非常に興味深かったです。また、男女の分離が家を訪れたお客さんにも適用され、「家人と客」という差よりも「男性と女性」という差による空間的な分離の方が強く見られるということに驚きました。一方で、日本においても特定の時代においては家の中での男女の空間分離が見られたといえることから考えると、イスラーム圏においても時代によって服装の変化があったとおっしゃっていたように、男女の空間分離の度合いに関しても変化があったのだろうかと疑問に思いました。

oka430    reply

授業前半のイスラームについての基本知識についての説明ではこれまで意識することもふれ合うこともない世界について知れました。本題の授業の後半部分ではイスラムでの性別で使う部屋が別れているということを知り、大変驚きました。日本は比較的先進国のなかでは男女格差があるということはいやというほどテレビなどで取り上げられていますが、イスラムでははっきりと一番プライベートな場所である家ですら性別で別れている。衝撃的でした。

ueup8    reply

前半のイスラームに関する説明のほとんどが初耳で、イスラームに関する知識があまりなかったことを思い知らされました。今後グローバル化していく中でイスラム圏の方々との交流する場面も増えると思いますし、こういった文化の違いに目を向けるようにしていきたいと思います。
日本とエジプトの宗教的価値観の違いが家の構造にも現れているというのには驚きました。それ以外でも細部に至るまで違いを感じるものが多く、実際行ってみるとどうなんだろう、全く別の国ではどうなのだろうと思いました。また、家だけではなくもっと広い都市空間の設計に宗教的価値観などがどのような違いを与えているのだろうということも気になりました。

Laco1925    reply

私はそれまでイスラム教・イスラム社会について大学受験以上の知識がなかったが、現代国際社会という観点から見れば、それらの事柄について一定以上の理解を持ち、何らかの立場をとることは必要であると感じていたので、そういった意味でもこの講義は有意義であった。現代日本において男女の差別を撤廃することはある種のドグマであるように思われる。しかしながら、エジプトにおける男女の区別は全く不自然な印象を受けなかった。特にドラマの映像を見た後だとそう感じた。日本においては第二次世界大戦、地下鉄サリン事件などを経て生活における宗教がタブー化されていったように感じる。日本に宗教が存在しないのか、宗教に取って代わるものはないのか、という問いはそれぞれ重要な問いだと思うが、社会観・生活観が常に宗教との対比・調和の中にあるということがどのようなことか、非常に興味深く思った。

ram168    reply

お客さんを招く際の男女のいる空間を大きく分離させるイスラム圏の文化は非常に興味ぶかかった。当たり前だが中にすむ家族の考え方がその家の機能自体を変化させていくものなのだなと感じさせられた。女の人の空間の方が奥になっていることは近世の日本の上流階層の家と考え方が似ていて興味深かった。文化が伝搬したわけではないと思うので、人間の深層心理的な部分に共通の考え方なのかもしれない。今回の授業で一番驚きだったのは、エジプトの女性がヴェールを被る文化が一度廃れたのに再復活したことだ。この内容の深い話が聞いてみたい。

Sugaya79    reply

私は本講義を受ける前イスラームについての知識はほとんど持っておらず、他の受講生の知識量の多さや基礎知識一つ一つに驚いてしまった。イスラームの人々の厳しい性的価値観のことはなんとなく知っていたが、クルアーンにはっきりと示されていることや、自宅でも夫婦関係にない男女の接触が避けられるというほどだとは思わなかった。クルアーンの「あなたたちの心にとっても、彼女らの心にも汚れがない」「自分たちを知ってもらい、悩まされない」等の表現があまり腑に落ちないので次回の講義を聞いて答えを出したいと思う。

tsu2954    reply

イスラームの基礎知識から解説してくださったので、とっつきやすかった。
普段の生活の中でイスラムに触れることはまずなく、テロのニュースなどでたまに聞く程度なので、イスラム世界の人々の生活など考えたこともなかったが、部屋の間取りを見ると、ご飯を食べたり居間でくつろいだりといったムスリムの日常生活がリアルに想像できた。当たり前だけどイスラム世界の人にも日常生活があるんだなと不思議な気分になった。また、イスラムでは性差がかなりあると感じたが、それが宗教に起因するとなると、難しい問題だなと思った。

morizo15565    reply

イスラームの基礎知識についてはあまり興味がないし退屈しそうだと思っていたが、画像や動画を多く見せてくれたこともあり、退屈しなかった。
これまではなんとなくでしか知らなかった、ムハンマドやクルアーンといったようなイスラームの基礎知識への理解を深めることができた。
自分の家での慣習を当たり前のことのように思っていた節があったが、文化が違えば家での慣習も異なってくるということが印象に残った。

haru3131    reply

イスラームに関していかに自分がぼんやりとしたイメージしか持っていなかったのかを感じさせられる授業でした。起源や預言者について研究者の方からのお話を聞けて面白かったです。

gb2017    reply

とても面白く興味深い講義でした。イスラームと言われると、何かと厳格な雰囲気があるというイメージを持っていましたが、エジプトのドラマを見て、日本の過程においても見受けられそうな振る舞いをしていたため、イスラーム世界の家庭に対するイメージが変わりました。同じイスラーム世界でも、性の隔離は歴史を見ても時代と場所で全然違うということが大きな驚きでした。イスラームの家については、ダイニングやリビングが玄関から入ってすぐのところに広がっていて、すごく客にはオープンなのかなと感じました。

nagi5    reply

大変興味深い講義でした。
今回の講義の中で最も驚かされたのは、イスラーム式の家は玄関のドアを開けるとすぐにリビングがあるという造りになっていることです。正直、もし私がこのような家に住んだならば、リビングでリラックスすることなんてできないだろうなと思いました。
また、性の分離のお話がありましたが、ダイニングキッチンではなく、キッチンとリビングを分けているところにも性の分離が絡んでいるのではないかと思いました。

aub0625    reply

 非常におもしろい講義でした。
 前半部分に関して、イスラームに関する知識は多少持ち合わせてはいたつもりではあったのですがイスラームの細かいニュアンスだったり教科書ではあまり知りえないような知識が得られてとても興味深かったです。
 後半部分に関しては、現代エジプトの間取り図と自宅の違いが顕著で文化の違いがとてもわかりやすかったです。

fs0312    reply

預言者という言葉と神の使いという言葉が同意義なのかが気になった。神から託宣を下されたというニュアンスと神のみ元から来たというニュアンスとが一致しないように感じられ、微妙な違和感が残った。それ以外に関しては、興味深く拝聴した。

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