中国の学生との共同フィールドワークを体験したい

学生による意見・感想 南京大学フィールドワーク研修【3月】2010年度

南京プログラム学生派遣活動全般についての感想、意見及び報告

 3月17日から25日までを振り返りながら活動についての感想や意見を述べたいと思う。

・3月17日
 朝5時22分の電車に乗り成田空港へ。到着はぎりぎり。もう少し遅い飛行機ならばゆとりが持てたと思うのだが、Sさんいわく飛行機の本数が少ないそうなので贅沢は言えない。残りの6人も時間通りに到着。Kyさんとは友人の友人ということで、前もって話は伺っておりすぐに打ち解けた。その後空港で少し自由時間があったためKyさんとH君と私の3人で朝食をとり、飛行機に搭乗。飛行機の中ではH君が隣に座り、学年が同じためか話しやすく、つまらない世間話をした。昼過ぎに北京空港到着。ファンタ(ジュース)を3元に満たない金額で買い、物価が3分の1以下であることに改めて驚く。活動費が1日5000円(計45000円)出たが、物価を考慮すると多すぎると思う。実際使った金額は、お土産代を含めても1100元(約16500円)程度。内半額足らずがお土産代。もちろんお土産代は本来自分で払うべき。次回からは活動費は半額以下でも十分すぎると思う。北京空港で福島先生や奥さんと通訳の方、刈間先生、石井さんと合流。南京へ。南京到着後ホテルに荷物を置いたらすぐに福島先生の前夜祭へ。前夜祭で見たDVDのうち1つは以前見たことがあったため、聞き取りやすかったが、南京大学の学生にとっては聞き取りづらかったようだ。前夜祭終了後石井さんと南京大学の方2人と日本人学生で夕食。あちらの大学では夕食を5、6時ごろまでに済ますのが普通らしく、前夜祭の後に夕食をとるとほとんどの南京大学の学生が夕食を終えており、一緒に食事をとれないのが残念だった。

・3月18日
 7時から朝食。朝早いため朝食の品数が少ない。朝食後ホテルに王さんと趙さんが迎えに来てくれ、バスへ。45分ほどで到着。授業。障害学について。福島先生ご自身の体験に基づいて行われる授業。今まで受けたことのない授業で面白い。コミュニケーションの重要性をこれほど実感したことはなかった。生きていくうえで非常に価値のある授業だったと思う。授業後昼食。食堂の別室で。食後再びもう一方のキャンパスに戻って討論。まずは南京大学の学生のために授業の要約と解説。その後、日本と中国の障害者に対する制度の目的の違い(日本が障害者を社会の一員として取り込もうとしているのに対し、中国では健常者と分断し特別な教育を施す)を指摘。中国が障害者に対してどのような対応をしているのか南京大学の学生に聞く。議論白熱。結果障害者自身が健常者と同じように生活するか、同じ障害を持つ人々と特別な教育を受け彼ら、彼女らのコミュニティーのなかで生きていくか選べるのが最も良いのではないかという結論に。授業に関する討論が終わった後は日中の大学院生の地位について討論。KkさんとWさんの院生卑下がすごい。南京大学では学部卒業後就職する場合は通訳など、院を出ると大抵の人が先生になるらしい。討論後大学の食堂で早い夕食。日本人学生は皆、さりげなくおごられてしまった。夕食後は劇を観に。開演を待っていると、後ろの席から日本語が聞こえてきたため後ろの席の人たち(4人)に日本人か尋ねたところ京都大学からの留学生だそうだ。彼女たちは明日暇らしいので、福島先生の授業を勧めようと思ったが、キャンパスが違うことを思い出してやめた。劇は字幕(中国語)つきだったためある程度話はわかった。劇終了後疲れている人は帰り、余力のある人(南大生2人、東大生5人)は飲みに行った。11時に帰宅。

・3月19日
 7時から朝食。皆、キャンパス移動がなければ、と嘆く。朝早く起きるのはさほどつらくないが、朝早いと朝食のメニューが少なくて飽きる。贅沢な悩みだ。朝食後昨日同様迎えを待つ。バスは昨日と同じ場所に来るのだから、もう迎えは必要ないと断ればよかった。毎朝迎えに来てくれる王さんと趙さんに疲れがみえた。次回からは、出来る限り南大生の負担を減らすよう東大生側から働きかけなくてはならないと痛感する。授業は盲ろう体験が中心。手のひらに字を書いてコミュニケーションしたが、なかなかうまくいかない。指点字のよさは、分かりやすいという点もあるとつくづく実感。また、階段のてすりは目の見えない人にとって大変助かるものだと気付いた(手すりにつかまれば階段がどのようになっているかすぐ分かる)。実際に体験することで障害者の問題を身近に感じられた。授業後昨日同様昼食。たまたま福島先生の隣に座ったため、先生とコミュニケーションをとれた。何の不自由もなくコミュニケーションがとれて感動した(緊張もしたが)。昼食後再びもう一方のキャンパスに戻り、1人で買い物に出かけた。あちこちで本屋がどこにあるか聞いたが、話すことはできても語彙力がなく聞き取ることができない。中国語をもっと勉強しようと決意した。散々歩き回ったが結局見つからずホテルへ戻った。夕方から福島先生の講演。福島先生の博識さとユーモラスさに驚いた。夕食は南大生たちと宴会。疲れた人から次第に抜けていき、最後まで残ったのは8人。12時まで。

2010_hand.pngのサムネール画像
手のひらに字を書いてコミュニケーションを取る

・3月20日
 揚州へ旅行。買い物をしたかったが、そんな時間はなかった。揚州は綺麗なところが多く、天候はいまいちだったものの、いい写真が撮れた。ガイドさんの中国後を全て日本語に同時通訳しているSさんが大変そうだった。さすが教養学部長や刈間先生がいらっしゃるだけあって昼食は南京滞在中一番良いものだった。夕食は羊の肉のしゃぶしゃぶ。これは日本人学生のみで。今日の揚州の話題で盛り上がり、結局他に客がいなくなるまで店に残っていた。その後何人かはマッサージに行き、何人かは帰ったが私はひとりで夜の南京市をぶらぶらしていた。昼のような活気は無く、ホームレスや路上での物売りが目立った。

・3月21日
 朝から虐殺記念館へ。思ったほど反日といった感じではなく、むしろ平和的だった印象を受けたが、南大生の口数が少なかったのが気になる。初めて行く南大生も多かったらしく、どう思ったか聞く勇気がなかった。虐殺記念館の装置としての意味(日本に侵略された過去を使い、中国人としての国民意識を形成する装置)について日本人学生数人と話し合った。台湾人も同じ被害を受けた同胞として展示している点が興味深かった。しかし、やはりそんなことを南大生と話すことはできなかった。その後二手に分かれ、私は明考陵へ。さすがに巨大だった。いい写真が撮れた。夕食は合流して、やはり宴会。日本文化や文学、古文、ドラマなどの話で盛り上がった。

・3月22日
 午前中はTさんを除いて日本人学生6人で本屋へ。広い。2時間以上いたが飽きなかった。以前から欲しかった中国の珍しい金魚の図鑑を買えて幸せだった。昼ごろから張さんのお薦めで新街口へ。KkさんとKyさん、H君と。Sさんがいないため、なんとなく私が通訳をするはめに。まったく通訳になってなかったがなんとか乗り切った。夕方に清水先生の前夜祭。いい映画だったが中国で放映していいのか疑問だった(後で南大生に聞いたところ、ばれたらまずいらしい)。前夜祭後は日本人学生7人で夕食。映画について話し合った。

・3月23日
 朝はいつも通り。授業はクィアの概要。心なしか学生が多い気がする。授業は分かりやすかったがスピードが速く、同時通訳が大変そうだった。また、後の討論で気付いたのだが、南大生にとって馴染みのない単語が多く、それが理解を阻害していたと思われる。昼食後カフェで討論。授業の概要と昨晩のビデオについて。討論終了後、日本人学生が各自自由に南大生に質問。私はマルクスについて質問した。中国では高校生から資本論の授業があり、マルクス道徳というものまであるらしい。せっかくだから資本論批判のハイエク、フリードマンを紹介し、マルクスの私生活が道徳からかけ離れたものであることも紹介した。タブーだったかもしれないと思ったが、Sさんは天安門事件について色々と紹介していたので、私なんかは微罪だと思う。その後夕食。Kkさんが飲み足りないようだったので食後Kkさんの部屋(H君の部屋でもある)でSさんも交じって4人で飲みながらつれづれなるままに議論した。議論はKkさんとSさんが中心になって進められたが、とても参考になる有意義なものだった。結局2時まで議論していた。

・3月24日
 昼までは昨日とほとんど同じ。ただ、昨日の授業はひたすら問題点ばかり出て、結論が出そうになく、つらいものだったが、今日の授業は結論が出て綺麗に終わり、いい授業だったと実感できた。しかし残念ながら最終日の疲れか言葉の壁か、中国人学生の数が少なかった。昼食後Wさんと2人で買い物に。お土産を買いこんだ。今日の南大生との討論は宴会の前に行った。分からないところが多かったらしく、まず単語の意味の説明から授業の解説まで行った。宴会は二次会まで行い、結局12時まで飲んでいた。

・3月25日
 朝早い。バスが遅れて飛行機はぎりぎりだったが無事帰宅。

 以上が9日間の報告です。私にとって南大生や、共に南京に行った東大生との出会いはかけがえのないもので、彼ら、彼女らとの様々な体験は一生の宝です。転勤族で、幼いころから友人との別れには慣れているつもりでしたが、たった9日間しか一緒にいなかったのに、南京で共に過ごした人々との別れは大変つらいものでした。それだけ南京で過ごした9日間は内容の濃いもので、この報告書には書ききれないことがまだまだたくさんあります。このような体験ができた私は史上稀にみる幸せ者だと思っております。最後に、お世話になった南京大学の方々、先生方、裏方で常に働いてらした石井さん、我々学生の世話をみていただいたSさん、興味深い話を聞かせていただいた東大生の方々に深い感謝の念を抱きつつ締めとしたいと思います。

(文科Ⅱ類 1年(第二グループ))

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