ディシプリン(学問領域)に
とらわれない思考を身につけたい

第5回 03月13日 村上 存

デザイン、工学と「装う」

皆さんは「デザイン」という言葉にどのような印象をもっているでしょうか。モノの外観の美しさを計画する美術系の仕事と考えている人もいるかもしれません。しかし「デザイン」に対応する英単語“design”は「設計」に対応する英単語でもあるように、「デザイン」は美しさも含む、より総合的なモノやコトの計画と考えられるようになっています。本講義では、「デザイン=装飾?」、「装飾しないデザイン」、「装う行為の体系」、「創造性を装う」、「安定を装う」などのテーマを取り上げ、講師の専門であるデザイン、工学の観点から、「装う」について考えてみたいと思います。

講師紹介

村上 存
1984年3月東京大学工学部機械工学科卒業、1989年3月東京大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻博士課程修了、工学博士。東京大学工学部機械工学科助手、同産業機械工学科講師、助教授を経て、現在、東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻教授。機械工学を基盤とする設計工学、デザイン工学の研究、教育に従事。日本機械学会フェロー。2009年度から公益財団法人日本デザイン振興会グッドデザイン賞審査委員、2018年度から株式会社日刊工業新聞社機械工業デザイン賞専門審査委員、2021年度から公益社団法人日本設計工学会副会長などを務める。
授業風景

 本講義における「デザイン」とは、単なる美的要素だけでなく、技術や工学的要素を統合した総合的な設計である。かつては機械的なモデルで量産されていた製品でも、デザインを適用することで機能性と美しさを両立させ、ビジネスを考える上でもデザインは重要な要素となっていった。例えば、口紅を押し出し式からねじ構造にしたことで、審美性だけではなく機能性を向上させた。蒸気機関車のスタイリッシュなデザインへの変革は、旅行客の興味を惹きつけビジネスの発展を促した。また、「歩きながらステレオ音楽を聴きたい」という人々のニーズから生まれたSONYのウォークマンのように、優れたデザインは問題発見の能力にも依存している。

 デザインの重要性は、ユーザー・デザイナー・技術者の関係にも表れる。人々の生活を理解し、適切なアイデアを実現することで、優れた製品が生まれる。また、デザインは装う行為とも関係する。機能的なデザインはシンプルで、無駄のない美しさを持つ。一方、装飾的デザインは、アール・ヌーヴォー建築のように、機能的には不必要だが楽しさや個性を加えるデザインである。装うことは、単に見た目だけでなく、社会的・文化的な意味も持ち、二重の意味を持つこともある。

 デザインは「正確さ」「安定」「創造性」を装うことにもつながる。「正確さ」を装うとは、不正確なものを利用して正確さを実現することであり、食品のマッチング計量などに用いられている。戦闘機は機敏に動けるよう不安定な設計になっているが、舵を自動制御し「安定」を装っている。「創造性」を装うには、Youngの著書(1988)にあるように、アイデア創出のための5段階のプロセスを経る必要がある。情報収集し、意識的に考え、無意識下で整理し、ひらめきを得て検証する。脳は過去の知識を基に創造するため、多様な興味を持ち、知識と想像力を兼ね備えることが重要である。

 最後に授業内での質疑応答をいくつか紹介する。

 「美しさと機能性の両者を追求すると、矛盾が生じる場合があります。その場合はどのように取捨選択するべきですか?」

 最終的にはユーザーがどちらを優先するか決定する。例えば、東京都庁舎は見た目は美しいが、高層なのでコストが高く、凹凸が多いので表面積が大きく冷暖房効率が悪い。低層で凹凸が少ないデザイン案もあったが、結果的に機能性だけでなく審美性も考慮したデザインが選ばれた。それは、審美性が人々の感情に訴えたからだろう。

 「アイデアのほとんどは過去に蓄積した情報により形成されると話されたが、認識している以外のものを創造するにはどうすれば良いですか?」

 創造性には3つのタイプ、組み合わせ型・探査型・変革型があるが、組み合わせ型と探査型は決まった問題の空間で答えを探すため、蓄積された知識に依存する。一方、変革型は、問題を違った問題に置き換えて考える。例えば、「エレベーターが遅い」「台数が少ない」という課題を「エレベーターの待ち時間が長い」という課題に置き換え、鏡をホールに置くことで、人々は見出しを整えたり、他の人を鏡越しに見たりすることで待ち時間の体感時間を短くした例がある。

通訳:南京大学日本語学科M1李秋婷・祖巍

(文責:松村)

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