跳出思维框架

第12回 01月08日

The Power of BEAUTY

评价内容(最新2件 / 14)

esf315    reply

自分自身スキンケアにはかなり気をつけているので納得できるところも多く、BEAUTYプロジェクトの話や、子供を殺めてしまう母親への支援の話など、興味を引かれる話ばかりでとてもおもしろかったです。特に、専門家からのお話をしても効果がなかった時に美容師の方に目をつけたというのはすごく感心しました。ご講義ありがとうございました。

0524yuta    reply

はじめに授業の本題とはずれてしまうが、先生はマレーシアで行っている取り組みには感銘を受けた。美容院に行くとダラダラした生活を送っていたとしても、その時だけは背筋の伸びるような気持ちになる部分をついて、人々の健康のために検診を促すという取り組みは、プラン的にとても工夫的だと思うとともに人としてもすばらしい取り組みだなと感じた。
資生堂と協力して美容への人々のこだわりを利用して健康への意識を変える取り組みもとても工夫的だと思い感銘を受けた。医師が健康を諭すよりも美容家が健康を諭す方が効果的ということに現れるように、人々が美しくなりたいという感情は非常に強力であることを知ったが、それはルッキズム的思考が人々に根付いているからなのではと思った。先生が掲げる「美しくなる」はwell-beingなどをよりよくしていくことだと思うが、先生の力で健康意識が上がった人々はルッキズム的な意味合いでの美しくなるを目指しているのではないかと思う。そのため今回のお話を聞いてルッキズム的思考はそれほどまでに強いのかとも思った。メイクや美容の力で健康的になったり自分に自信がついたりすることは本当にすばらしいと思うが、人々に根付く根本的なルッキズム的思考は変えられないではと少し残念に思った。

Yukki35    reply

いわゆる「ルッキズム」は主に他人の評価基準としての美を追い求めるが、きょう紹介された美の装いは、主に自分の認識の中で、自分が自分のまま美しくなるという観点で化粧を考えていたと思った。しかし、自分の中の美の観点も、例えばマーケティングによる需要の掻き立てられや、精神状態の悪化に伴う醜形恐怖症など、その時々で外部の影響を受けるので、そこの境界は意外と曖昧なのかもしれないとも考えた。

dohiharu1729    reply

私の弟も発達障害のようなところがあり、両親は非常に苦労していたのですが、思い返すと当時は(今もかもしれませんが)、母親と父親の間で常に喧嘩が起こっており弟のみならず一家として全員が孤独な状態に陥っていたなと感じます。自分ではどうにもできないがしかし周囲からは厳しい視線で見られ、その上産んで育てている責任のようなものも感じ雁字搦めのような状態でしたが、そんな中で母はアルバイトを始め、それによって少々元気になった、というほどでもないですがメンタルが保たれていたような気もします。こうしたことからも化粧というツールのみならず、人に見られているという意識があるということが何かしら社会との繋がりを感じさせて人を落ち着かせる効果を持つのだなと感じました。一方で過剰な視線により疲れてしまうこともあり、適切な位置に落ち着くのはなかなか大変なことのように思います。興味深いご講義ありがとうございました。

kaki06    reply

自分は女子ながらメイクをしたことがないし、正直面倒そうだと思っているけれども、人間の身体部位の中でも顔はコミュニケーションや他者との関わりの中で一番重要な部分で、そこを美しく保ちたいと思う欲求だったり、実際に外見から美しくあり続けることは、すごく大きな意味を持ちうるのだなと気付かされました。
質疑応答の中で醜形恐怖症などの自分の顔を嫌ってしまう状況についての話題もあったが、その中で先生がおっしゃっていた、自分の限界を認める・受容することについてのお話が特に心に残りました。自分の可能性とか未来を信じることと、限界を自覚して他者と協力したりある程度の諦めを持ったりしながら持っている力や資源を最大限活用することとは、バランスを取るのが難しいと思うが、後者は特に自分に欠けているものだったかもしれないと思わされました。

lapis07    reply

化粧は経済的・心理的に余裕のある人の贅沢だと感じていたが、今回の講義で発展途上国の人々や、病気や生まれつきで見た目にコンプレックスを抱えている人、子育てに悩む人や高齢者など、余裕がないからこそ化粧が力を発揮する人々についてご紹介いただき、化粧の捉え方が大きく変わった。近年はメンズメイクなども流行り、より多くの人がメイクを楽しむようになってきているが「キレイになりたい」という人々の素敵な感情が過剰になり画一化に向かわないことを祈っている。

kero1779    reply

これまでの人生で化粧をしたことがなく(多くの男性がそうだと思いますが)化粧といえば女性が社会のマナーとしてしっかりと行うものだと思っていたので、当然自分の見た目に関することであるためこだわりなどはあると思っていたのですが、他の知らせは見ないにも関わらず美容に関する情報は見るほど大事にしているのだなということに素直に驚くとともに、まだ私も女性に関して理解力が足りていないなと感じました。
「一瞬が一生」という資生堂の言葉は短い時間であっても美しい自己イメージを持てると他人にどう見られているか気にせず暮らしてくことができるという意味ですがその話を聴きながら、一日一日、一瞬一瞬をしっかり生きていくことが大事であるのという意味も含まれているのかなと思い少しこの言葉を頭におきながら生きていこうかなと思いました。

awe83    reply

「人をよりよくするというベクトルの美、ケア」「美容という回路を通して健康などwell-beingの意識を高める」「誰もが自分なりに美を求めている」といったことが語られプロジェクトとして動いていたことを知り、普段化粧や服装でよそおうことが好きな(レジュメp.23ではC型にあたる)女性である自分にとっては、共感でき有用そうだと思えワクワクした。一方で美しくなることがどの程度人間的に根源的なことなのか、今は商業で溢れかえっているために過度に美を追求する欲求が刺激されているのではという問いも抱いた。他の受講生がどれくらい共感しているのか興味があるのでコメント欄を見るのが楽しみ。
また、自分の素顔があまり好きじゃないとしても、化粧して可愛くなれるなら素顔はなんだって構わない気がしてきて肩の気が抜けた。
先生の講義にとても引き込まれたので他の著作も拝見しようと思います。ありがとうございました。

tahi2024    reply

承認欲求とは一般に、他者から自身の容姿や性格など自身のさまざまな要素において認められたい、評価されたいとする欲求のことという意味で理解されているが、先生のお話を聞いて自分が自分を認めたい、評価したいとする欲求もあるのだと思った。確かに鏡によって確認するのは他人からどういう風に見られているのか、自分は社会的にどういう役割を負っているのかであり、鏡を見ることは他者からの視線を内在的に意識したことだと思う。しかし、評価基準が全くもって他者ではなく過去の自分であり、他者からの視線など全く意識していないような承認欲求は過度な整形などの事例に表れている。自分の視線と同時に他者の視線も持ち合わせて、他者からの評価も意識しつつ、自分もそれに対して完全とはいかないとまでもある程度認めてあげていることが肝要というか健康的な状態なのではないかと感じた。

XK04    reply

粧うことによるケアがその人や社会にとても良い影響を与える可能性を持っていることとても感じた時間だった。障害や事故等で自分の外見にコンプレックスがある人も、外見に気を使っている若い世代の人も、もう外見にそこまでこだわりを持ってない比較的大人な人たちも、どのような人にとってもやはり粧うことはその人の活力を引き出すことは容易に想像がつくし、美しくなろうとする努力が自己認識と成長を促すのだと思う。自分は化粧をしないので直接的におっしゃっていたことは当てはまっていないが、いい服を着るときはとてもテンションが上がるし、たまにスーツなんかを着るととても気が引き締まる思いになる。服を気にするようになってからコミュニケーションに自信を持てるようになった友人も知っている。外見を磨くことでその人の心身の健康が増進し、社会へのつながりを持ちやすくなるというのは非常に魅力的なことであると思う。粧う/装うことは、結果として外見を良くするだけでなく、自信や活力も装わせることにつながるのだと感じた。

ak10    reply

今回の授業を受けて自身の経験について考えてみた。私は普段メイクをして大学に来ている。高校ではしていなかった。私がメイクを始めたのは周りに合わせるためである。メイクをすることが面倒くさいと感じることは多くある。そのために朝早く起きなければならないのは正直苦痛だ。それでも、メイクをせずに外出できるかというと無理だと感じる。それは周りの目が気になるからだ。しかし周りの人はそれほど意識していないと感じる。私自身、友達がメイクをしていなくてもなんとも思わない。今日は朝バタバタしたのかなと思うくらいだ。それでもメイクをするのは、私の気持ちの問題なのだと思う。メイクをすると少し自分が綺麗になり、それが自信につながるのだろう。

att1re    reply

漫画『ブラック・ジャック』で、過疎地域で無免許医――という特徴自体は言わずもがな主人公にも該当するものであるが――ながら地域の医療を一手に引受けている人物が登場する回があったと記憶する。無免許といえば琵琶丸という鍼師も登場した。かれらを思うとどうも医療というものは「装う」ことと不可分な部分があるようだ,仮令それが学問・技術という両輪の飛躍発展によりあらわれづらくなったとしても。BEAUTY(Bringing Education and Understanding to You) プロジェクトが医術の東西,とりわけ東とどのようなかかわりにあるといえるか,あるいはそこに「装い」的なるものが介在していないか,という点で興味深く思った。

choshi70    reply

今回の授業はこの一連のオムニバス講義のなかでもトップレベルに興味深かった。我々は他者の視線に晒されて生きている。また、その姿には自分自身の視線も注がれている。装う(粧う)ことは社会参加であると言われていたがその通りだと思う。装いが変われば社会に参加するモチベーションが変わるということも私自身経験したことがあるし、よくわかる。装いが視覚的なわかりやすい変化を生むことも、先生のやっていたプロジェクトにおいて重要な要素だと思った。健康や幸福などを志すことは長期的な視座が必要で簡単なことではない。簡単で分かりやすい装いから始めることによって人々の健康への意識を高めるということ、それが実践され効果を上げていることは納得できると同時に驚くべきものであると思った。誰しもが持つ美への意志が幸福への意志へ繋がっていく可能性を秘めていることは、今後の人生のためにも覚えておきたい。

highriv21    reply

今まで痣などの生まれつきの他の人とは違う特徴ややけどなどのけがに対して化粧でカバーすることにより人々を支えているということは知っていましたが、化粧がリハビリにも効果があることは初めて知りました。確かに私も朝化粧をすると気分が上がるし、気持ちを切り替えるスイッチにもなると思いました。今の時代になってもまだ男性のメイクに対して否定的な意見もあるので、メイクをしたい人がメイクをできるようになる時代になればいいなと思いました。

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