ディシプリン(学問領域)に
とらわれない思考を身につけたい

第2回 03月07日 鳥井寿夫

空の青は正色か?

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晴れた日の空が青いのはなぜだろう? 皆さんも一度は疑問に思ったことがあるでしょう。
『荘子』にも「天之蒼蒼、其正色邪(天の蒼々たるは其れ正色なるや)」と空の青さに対する素朴な疑問が綴られています。「正色」というものがあるなら、「虚色」や「欺色」というものがあるのでしょうか。本講義では、空が青い理由について、さまざまな実験を通して説明した後に、そもそも「色」とは何か、「虚色」や「欺色」といった概念は存在するのか、皆さんと一緒に考えていきたい思います。
講師紹介

鳥井寿夫
レーザー光を用いた原子の冷却や、超精密分光、原子時計に関する研究を行っている。 専門:実験物理学(原子物理学・量子エレクトロニクス)
授業風景

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【南京大学集中講義「色」第3講 2016年3月7日】 「空の青は正色か?」 鳥井寿夫

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『般若心経』を唱える音がまだ心の中で響き渡っている週明けに、総合文化研究科広域科学専攻の鳥井寿夫先生を迎え、物理学の角度から「色」についてご講義をいただきました。

荘子曰く「天之蒼蒼、其正色邪?其遠而無所至極邪?其視下也,亦若是則已矣。」空が青々としているのは、「正色」だろうか?それとも遥かに遠く離れているからそう見えるだけではないだろうか?地上の世界を上から見れば、同じように青いのだろう。第3・4講では、様々な実験を通して「空の青は正色か?」という問いを先生と一緒に考えてみよう。

荘子の見解は正しいのだろうか?それに関して、幾つの実験事実がある。

世界初の宇宙飛行を行ったガガーリンが帰還後に語ったとされる「地球は青かった」が有名である。また、月から見た地球の写真の中でも地球は青く見える。それを持って、荘子の言っている「上から見ても空が青い」というのが正しいと思う人も少なくはない。

しかし、本当のところ、ガガーリンの話は正確な引用ではないし、宇宙から地球が青く見える所は実は海なのである。森は緑で砂漠は黄色いである。衛星写真を拡大してみると、我々のいる南京は緑に覆われている。その全て色は空の色でもないし、空の上から空を見ても、青くないのである。

荘子の問いかけをもう一度考えてみる。「天之蒼蒼、其正色邪?」そもそも、「正色」とは何だろうか?中国でも日本でも現在に使われていない言葉であるが、おそらく「本当の色」という意味であろう。すると、荘子はなぜ「其正色邪」という疑問を思ったのだろう?

この質問について、受講生から幾つ面白い意見があった。学生A:空の色は時間によって変化する。学生B:Zhuangzi is a interesting person. Sometimes he doubts everything, like the story about his dream and the butterfly. So maybe he just wants to doubt about whether the sky colors blue.(荘子はなんでも疑ってみる人だから)

なるほど、荘子が空の「正色」を疑うのは恐らく、空色が時間や場所によって常に変化するからであろう。昼は青いが、夕方になると赤くなる。

では、なぜ空は青いのだろうか、なぜ夕焼けは赤いのだろうか。それを解決するため、光と色の知識をまず身につけよう。torii_2-2.nanj.jpg

l 光とは何か?

まず、先生から教室では再現し難いニュートンのプリズムによる光の分解実験を説明され、無色の太陽光をプリズムに通すと光が分散して7色の光の帯が現れる現象をコロラド大学が開発したシミュレーションで確認できた。

次に、ヤングの干渉縞実験。単色光として使うレーザー光を二重スリットに通過させ、教室の壁に映すと、干渉縞が観察でき、光の波動性が示された。

さらに、マクスウェル方程式も紹介され、光は電磁波の一種であることがわかりやすく説明された。

人間は波長によって光に赤外線や紫外線などの名前をつける。分光器を使って光を分解し、光の波長または振動数の関数として与えられた光の強度、すなわちスペクトルがわかる。人間が感じられる光線、すなわち可視光線域は長さ400nm~700nmというかなり狭い範囲に限られている。

(以上の実験詳細はロバート・P・クリース『世界でもっとも美しい10の科学実験』をご参照ください。なお、コロラド大学開発のシミュレーションは下記のサイトで閲覧できる。

https://phet.colorado.edu/sims/html/bending-light/latest/bending-light_en.html

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l 「光の三原色」と「色の三原色」

「三原色」は「光の三原色」(赤・緑・青)と「色の三原色」(黄・マゼンタ・シアン)に分けられている。人間の目には錐体細胞という色を対し敏感に反応する細胞がある。主に三種類がある。M錐体、L錐体とS錐体である。それぞれ緑、赤、青に反応する。錐体の働きで脳が色を判断する。1999年の「Nature」に掲載される「錐体の配置」に関する文章(Austin Roorda & David R. Williams, The arrangement of the three cone classes in the living human eye, Nature 397, 520-522 (1999))によると、錐体の割合は人によって違うため、同じものを見ても、実際何色に見えたかは知らない。

教室では、分光器を使い、LEDイルミネーションのスペクトルの変化を観察し、光の三原色の組み合わせを理解することができた。なお、三色光源の組み合わせで人間が認識できる全ての色を再現することが残念ながらできないのである。

また、先生が用意してくださった実験道具を使って色の加法混合と減法混合もシミュレートした。例えば、赤と緑のフィルターを重ねると黒になる。一方、赤と青の光を混ぜると黄色の光になる。これのように、自ら試して確かめることによって、混同されやすい「光の三原色」と「色の三原色」は全く違うものだとしっかり覚えたのだろう。

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最後に、2014年にノーベル賞を獲得した3名の日本人学者の研究が紹介された。青色LEDの発明・開発である。LEDはいまや一般家庭でも見かけるもので、取り立てて珍しいわけでもない。ではなぜこれほどまでに青色LEDが注目されているのだろうか。公式の授与理由として、以下のように記載されている。「赤崎勇、天野浩、中村修二は効率的な青色発光ダイオードを発明し、明るく省エネルギーな白色光源を可能とした。」

なぜ青い光を発明すると、白い光が可能になったのだろうか?実験道具セットにあるLEDを分光器に当たり、LED光のスペクトルを解析してみると、白く見える光は、主に青の光にプラス波長の緑と赤で作られていることがわかった。これは「蛍光」という現象であり、青い光を使って蛍光塗料を発光させるのである。光の波長が変わったため、結果的に白く見えたのである。

次回ではLEDと虹についてさらに詳しく述べられる。

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【南京大学集中講義「色」第4講 2016年3月8日】

問題:ピンク色のペンを黒くするシートの色は?

A.赤 B.緑 C.青 D.黄 E.シアン F.マジェンタ

昨日は違った色のフィルターを実際に重ねて観察することによって、正解は緑だということがすぐにわかったが、今日は別の角度から答えを考えてみよう。

前回の最後に述べられたように、白い光は主に青の光にプラス波長の長い赤と緑で作られている。また、赤と青を混ぜるとマジェンタが出来る。すると、緑を白い光から取り除けば、マジェンタの光になると推測できる。そこで、マジェンタしか通さないフィルターを分光器と白い光源の間に入れると、緑が消えることが確かに観察できた。したがって、マジェンタ色に見えるものというは、赤と青を出すというよりは、緑を吸収するものだというふうに覚えておくとわかりやすい。同様、緑しか通さないフィルターを分光器と白い光源の間に入れると、青と赤が消えるのも観察できる。したがって、上記の問題を赤と青を吸収するのは何色かと変えれば、緑だという答えもできる。これから、どんな色が出しているかより、どんな色が吸収されるかというふうに角度を変えて、物事を見るのも面白いのではないか。

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  • LEDについて

昨日に続いてLEDの特徴を述べる前に、まず人類が使ってきた光源の変遷を整理する。

人類が150,000年前から、オイルに火をつけて明かりを取っていた。19世紀に入り、エディソンによってようやく白熱電球が発明された。高い温度を作って、そこから出てくる光を照明に使うものであるが、エネルギーの20%しかを可視光線に変換できなく、とても効率の悪いものでもある。20世紀に入ると、蛍光灯が使われるようになり、21世紀に入ってから、LEDという新しい光源が使われ始めた。

そこで、白熱電球と蛍光灯の原理について少し説明する。白熱電球の場合、フィラメントに電流を流し、3000度まで加熱すると、温まった金属の中の原子が大きく運動し、その運動によって光が発生する。これは熱輻射というのである。フィラメントを使うことが同じであるが、蛍光灯の発光原理はこれと全く違う。フィラメントから光ではなく、電子が出される。電子が蛍光灯の中に閉じ込められている水銀ガスにぶつけて、水銀ガスが光を出すと言うことである。

LED、白熱電球、蛍光灯、それぞれ発光の原理が違うが、人の目が見分けられるか?同じように見える蛍光灯、LEDと白熱電球を並べ、それぞれを見分ける実験が行われた。肉眼で観察する場合、ほとんどの受講生が間違え、どれがLEDかを見破れなかった。そして今度、先生が用意してくださった透明なシートを通して三つの光源をもう一度観察してみると、光が分解し、綺麗な虹色が見えた。その中、一つだけスペクトルが連続ではない現象が見えた。それは蛍光灯の特徴である。残りの二択がLEDか白熱電球かを判断する理由として、受講生から「白熱電球の光が柔らかくて、LEDの方が眩しい」という感性的な意見が挙げられた。それを科学的に説明するために、分光器で白熱電球とLEDのスペクトルをチェックしたところ、白熱電球の方は赤外線など赤い成分が多く、可視光線はスペクトルの20%しか占めていないことがわかった。一方、LEDの方が可視光線しかスペクトルがなく、非常に効率的である。すなわち、エネルギーの効率を優先するために、エネルギーを可視光にしか出さないというのがLEDである。人間の目には同じよう見えるが、実際のところ、原理も違うし、スペクトルも大きく違う。感性を大事にすると同時に、科学の力もちゃんと頼りにすることが、この実験を通して改めて感じたのだろう。

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そして、光を語るにはどうしても外せない人がいる。それはアインシュタインである。なぜなら、現代における光の重要な理解をアインシュタインが開いたからである。アインシュタインがノーベル賞を獲得したのも原子力の発明ではなく、光が粒であると提唱したによるものである。いわゆる光量子仮説(1905)である。光は波であることはこれまでの授業では強調してきたが、実は光には粒子の性質もある。光子一つが持つエネルギーはE=hvという公式で表現できる。そのなかhはプランク定数であり、vは周波数である。難しそうな公式であるが、実は我々が日頃に体験している。2014年のノーベル賞、青色LEDの発明であるが、なぜ白い光を可能にしたのは青い光でないといけないのか?それは、波長の短い青の光が粒としてのエネルギーが高いからである。ある物質が光を吸収し、違う色の光を発するときに、エネルギーを保存するため、吸収した光のエネルギーは、発するエネルギーより多いでなければならない。波長の短い光が蛍光塗料に当たって波長の長い光に変化するが、光子の量子論を使わないと説明できないのである。

  • 虹の原理

前回ではニュートンのプリズムによる光の分解実験が説明され、無色の太陽光をプリズムに通すと光が分散して7色の光の帯が現れる現象を確認した。実は虹の原理を正しく説明したのもニュートンである。ニュートンの前にルネ・デカルトはすでに主虹、副虹は光の屈折で説明できたが、色がつくことは説明できなかった。ニュートンは屈折する能力が色によって違うことを提唱した。赤い光は弱く屈折され、青い光は強く屈折される。また、太陽光線が水で反射されてくるものであるが、この場合も、色によって反射する角度が違う。大きな角度で反射するのは赤、小さい角度で反射する青である。逆に言うと、見上げる角度によって、目に入ってくる色の種類も変わることになる。また水滴のなかで反射する回数の違いによって、虹が二つ現れることになる。

最初の問いに戻る。なぜ空は青いのだろうか?そして、なぜ夕焼けは赤いのか?よくある答えは空気が青い光を散乱するからである。実験道具セットに入ったグルースディックを空気だとすれば、片端に白い光をかけると何が起こるかを観察してみた。青色が散乱し、赤みの付いたアレンジしか見えないということがわかった。つまり、空が青いというのは太陽から来る白い光の中、青い光が空気で散乱され、我々の目に飛び込んだからである。空気がなければ、空は青く見えない。一方、夕焼けの場合、日が傾くと、太陽の光が大気中を通過するため、青い光は散乱されきって赤い光だけが残るのである。

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「正色」とは何だろう?という問いに対し、今回の授業では敢えて答えを出さなかった。この二日間の授業で学んだ科学的な知識、例えば光の物理的性質、目の感覚、脳の認識、全てが絡んでこの問題に繋がっている。それを勉強することが「教養」である。教養とは文系理系問わず、知識を総合的に扱って物事を判断する力である。これからも安易に答えを出さずに、納得するまでじっくり考えよう。

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後記:昨日まで暖かかった南京ですが、夜中に一気に気温が下がって、今日は嵐に襲われた日でした。にもかかわらず、多くの受講生が教室に集まって授業を楽しんでいるようでした。優れた知識を、理系が苦手だという学生にも優しく説明してくださった鳥居寿夫先生のおかげで、とても活発な授業になりました。外はまだまだ寒い日が続くそうですが、集中講義の教室内は熱気にあふれています。

(文・朱芸綺)

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