ディシプリン(学問領域)に
とらわれない思考を身につけたい

第1回 03月05日 塚谷裕一

「森を食べる植物~腐生植物を求めて: 東南アジア熱帯雨林のフィールドと植物、それに食」

森を食べる植物がある。腐生植物という植物である。これは緑の葉をもたず 、菌類をその根で分解し、栄養として暮らす生活スタイルを持つ。そのため最 近は、菌寄生植物という呼び名に言い換えられてきている植物である。犠牲と なっている菌類が、その栄養を森から摂取していることを考えると、腐生植物 は、森を食べる植物ということができる。したがって腐生植物は、森の健康度 のバロメーターともなり得る存在だ。その奇妙な暮らし方の進化に伴って、そ の形態も風変わりであり、独自性が高い。しかし葉をもたないせいで、花時し か目につかないため、世界的にも戸籍調べが進んでいない植物だ。その腐生植 物についてまず紹介した後、腐生植物がもっとも多数種知られる東南アジア熱 帯雨林、とくにボルネオ島での調査の模様を紹介し、そこに暮らす植物と共に 地域独特の食も紹介する。

講師紹介
塚谷裕一
1964年生まれ。東京大学理学系研究科生物科学専攻生物学科教授、理学系研究科付属植物園長。研究分野は、植物の分子/発生遺伝学。葉の形作りの仕組み、その多様性進化の理解を焦点に、<植物>を理解することを研究テーマとしている。
授業風景

塚谷裕一先生「森を食べる植物」(2018年3月5日)

3月5日、2017年度東京大学リベラルアーツ・プログラム(通称LAP)南京大学集中講義の開講式が南京大学外国語学院院長楊金才教授の司会により開催された。南京大学教務処処長邵進、同国際交流連携処処長李暁蓉准教授により歓迎挨拶、東京大学教育高度化機構国際交流連携部門刈間文俊教授により開講の辞をいただいた。開設してから14年目を迎えた今年のテーマは「食」であるが、「食の大国」と言われる中国で「食」を語るのは決して容易なことではない。その一方、食をめぐるイメージがある意味で固定したものとなっている。本講義では、文理両分野の教員による講義を通して、それぞれが自明のものとして持っている「食」のイメージを考え直す手がかりを提供してゆく。

第一講目に本学大学院理学系研究科の塚谷裕一教授を迎え、ご自身の調査経験に基づき、「森を食べる」腐生植物についてご講義をいただいた。

「腐生植物」と聞いて、腐ったものに生えるカビやキノコのような植物を想像していませんか?それは大きな誤解である。本当のところ、腐生植物はカビやキノコから搾取した栄養で暮らしている。例えば、ギンリョウソウの根の部分を注目してみると、小さい毛や糸のようなものが付着しているようにみえる。それはベニタケ属Russulaの菌糸である。ギンリョウソウはその根の中に入り込んできたキノコの菌糸の侵入を逆手にとって、そこから栄養を抜き取ってしまうのである。したがって、腐生植物をその本来の意味から、菌寄生植物ないし菌従属栄養植物と呼ぶことも最近増えてきた。

また、その食べ物となるキノコやカビの栄養源は森であることで、腐生植物はまた森を食べる植物と言い換えることができるでしょう。森の豊かさに頼って暮らす植物ですから、森の健康度のバロメーターともなり得る存在である。

奇妙な暮らし方の進化に伴って、腐生植物の形態もなかなかユニークなものである。綺麗で可愛らしい形をしていて、海にでもいそうな生き物にも見える。しかし葉をもたないせいで、開花の時しか目につかないため、世界的にも生息地調べが進んでいない。

そんな中、地道な調査作業を続けてきたのは塚谷先生の研究チームである。第1講目は腐生植物がもっとも多数種知られる東南アジア熱帯雨林、とくに2013年に行なわれたサバ州・ボルネオ島での調査模様を紹介してくださった。

東南アジアの湿潤熱帯林は世界で最も生物多様性が高いとされるが、研究調査が不足のため、データに基づいた議論がほとんどされていない。さらに、バイオディーゼル生産を目指したアブラヤシのプランテーションにより、熱帯林の破壊が急速に進んでいる。そのため、まだ名前のついていない植物が、人知れず絶滅しそうになっている。特に未記載種が多いのが、腐生植物である。今回の調査地サバ州ボルネオにも名も無い腐生植物がたくさん残されている。

調査目的の一つでもあるThismiaの新種確認について。調査開始してから二日目に数十の花が咲いている大群落を発見した。それを採集し、これまでの研究成果と比較し分析した結果、これまで他の地域で発見したものと違う新変種と認定した。詳しくは、2014年に発表された塚谷先生の論文A New Variety of Thismia hexagona Dančák, Hroneš, Koblová et Sochor (Thismiaceae) from Sabah, Borneo, Malaysiaをご参照ください。

森に入ると、腐生植物以外にも、渓流沿い植物や冬虫夏草、ウツボカズラ、野生のドリアンなど沢山の植物、虫や蛇、ジャコウネコまで様々な動物に出会える。また、川から採れた魚を食べたり、イノシシを料理にしたり、普段とちょっと違う食の体験もできる。もちろん、この調査地域にはヒルも多い。森の中の生き物を食べて味わうと同時に、森の中の生き物に「食べられる」という危険に遭遇することも珍しくないようである。

初日の授業を聞いてから、ちょっとでも森の中へ出かけてみたいと思いませんか?腐生植物についてもっと知りたくないですか?先生たちはボルネオ島で他に何を発見したのでしょうか?

それでは、第二講目をお楽しみに!

塚谷裕一先生「森を食べる植物」第二講(2018年3月6日)

質疑応答(抜粋):

Q1:植物研究を目指す理由は何ですか?

A:元々は昆虫に関心がありまして、いわば昆虫少年でした。しかし、昆虫の種類はあまりにも多すぎて、一番詳しい図鑑を見ても一部しか収録されていないため、子供としては満足できないのが虫をやめた理由です。一方、花を咲く植物の種類が虫に比べて少ないし、全部収録している図鑑もありますし、子供としてもちゃんと調べられるので、小学校の途中から植物に切り替えました。それが、今に至っています。

Q2:植物の研究は何の役に立つのだろうか?

A:答えは簡単です。私が所属している理学部は世の中の全ての現象を知ろうとしているところです。それが役に立つかどうかは全く考えておりません。日本でも「何の役に立つのか」とよく聞かれますので、理学部の我々も、役に立つということが考えないのをアピールしていますが、なかなか説明するチャンスは多くありません。ただ、最近、東京大学から理学系のノーベル賞受賞者が二人出ました。二人とも記者会見の時に「何の役にも立ちません」とはっきり言ってくれましたので、すごく助かっています。

Q3:先生の名前でネーミングされた植物はありませんか?

A:ありますが、植物研究の場合、自分で自分の名前を新種につけるのはルール違反ということになっていますので、自分では付けません。幸い一つだけ、付けてくれたのがあります。それはボルネオ産Annona科の新種Cyathocalyx tsukayaiです。2013年に岡田先生が私のこれまでのフィールド調査成果を評価してくれて、この新種に(私の)名前を付けてくれました。

昨日の授業では、腐生植物は腐ったものに生える植物ではなく、カビやキノコを食べて暮らす植物ということが紹介された。では、腐生植物はどうやってこのような変わった生活が進化したのか?

腐生生活の前段階として、菌根菌との共生生活がある。共生生活の典型例としてラン科が挙げられる。全てのランは根が菌で満たされている。根に入り込んだ菌がランの栄養源となる。そのとき、一方的に菌類から栄養を摂るだけのではなく、ランから菌類に対してもある程度の見返り、すなわち、葉の光合成で作った糖分を菌類に与える。菌類はその代わりにミネラルなど微量な要素をランに提供する。こうして、ランは菌類と共生関係にあたり、しかも芽が出る時ですら菌が必要となるぐらい、菌類に強く依存している。ラン科は菌根菌への依存性が高いため、容易に腐生種が進化したと推定されている。

では、腐生ランがどうやって葉をなくしたのか?

ラン科の場合、腐生種の進化に際しては、パートナーの菌類が大きく変化していることが知られている。共生関係から腐生化へ進化する際、パートナーの菌類を切り替えることがある。一方、形態的の変化もよく注目されている。まず、腐生ランのほとんどは緑色の葉を持っていない。それは葉に葉緑体が発達しないということを示している。DNAを調べた結果、色素体のゲノムが大きく崩壊し、種ごとに異なる領域が失われていることがわかった。そのため、葉は緑になることが不可能であり、緑に回復することもできないのである。

しかし、葉は完全になくしたではなく、小さい鱗片になっている。では、葉はどうやって退化して鱗片化したのか。半分腐生化しかけたような植物にはごく小型の緑の葉が残っていることが見られるため、腐生化するにあたって緑の葉が次第にサイズを小型化させて退化したという仮説がある。ところが、最近の研究によると、葉のサイズがまだ全く小型化しないうちから、菌根菌への依存度が大幅に大きくなっている事例が複数見つかっている。したがって、腐生化してから、その後に葉のサイズを徐々に減らす必然性はないと考えられる。さらに、腐生植物は近縁種と比べて葉は非常に小型だが花は小さくない。昨日も少し触れたように、花を作る仕組みは葉っぱと共通している。葉のサイズが減少する場合、花のサイズも同じ程度減少するのが普通である。しかし、腐生植物がそうではない。一つの可能性として、腐生植物の色のない小さい葉は花器官アイデンティにより、鱗片化へ進行したものと考えられる。ある研究データによると、シロイヌナズナに葉を花器官に変換する遺伝子を働かせると、葉が小型化かつ白色化する現象が見られる。

ということで、腐生植物についてはまだまだいろんな課題が残されているが、元々緑葉を持ちながら菌類と共生しているラン科の植物をヒントに、これらの課題を解いていくことが期待される。

講義の後半、先生の研究チームがボルネオ島Imbak渓谷で行われた調査が詳細に紹介されました。いままで見たことどころか、名前すら聞いたことのない植物の写真、キャンプ生活の様子、森の中のさまざまな発見で盛り上がり、教室内は活気に満ちあふれていました。そして、科学調査することの大変さを楽しく語っていた先生の姿に感銘を受けた受講生も多いようです。

二日間の講義をきっかけに、森の世界に憧れるようになる人も少し増えたのではないでしょうか。都市部にはなかなか見かけない腐生植物ですが、もしかしたら、この仙林キャンパスから遠くない山の森にもひっそりと生きていて、今もモグモグとキノコを食べっていると想像するだけでも、ワクワクしませんか?

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