ディシプリン(学問領域)に
とらわれない思考を身につけたい

第2回 03月07日 中野公彦

自動運転車は社会に受け入れられるか

道路交通法が改正され、運転者不在で走行する自動運転(レベル4)が可能になった。当面の適用は、バスなどのサービスカーに限定されると思われるが、社会実装に向けて法的課題が解決した意義は大きい。ただし、人が運転する自動車が圧倒的に多い中で、機械が運転する自動車は社会に受け入れられるかは、まだ不透明である。レベル4自動運転バスの開発の経緯を紹介するとともに、社会実装に向けて解決しなければならない問題を議論する。

講師紹介

中野公彦
東京大学生産技術研究所教授。2000年に東京大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻博士課程を修了し、博士(工学)を取得。山口大学助手、講師、助教授を経て、2006年より東京大学生産技術研究所助教授(後に准教授に改称)に着任。その後、大学院情報学環准教授を経て、2018年より現職。機械力学と制御を専門とし、運転支援、自動運転の研究に従事。経済産業省自動運転レベル4等先進モビリティサービス研究開発・社会実装プロジェクトテーマ4のリーダを務める。その他、自動車技術会理事、日本機械学会フェロー、日本工学アカデミー会員、国道交通省、警察庁等の各種有識者委員会委員など。
授業風景

一日のお休みを挟んで、集中講義のお二人目の先生をお迎えした。東京大学生産技術研究所次世代モビリティ研究センター教授の中野公彦先生が「自動運転車は社会に受け入れられるか」と題して、講義を行ってくださった。初日に中野先生は、自動運転の技術の紹介、並びに先生が実際に担当していらっしゃる実証実験を紹介してくれた。そして二日目は、一日目の内容を基礎に、ドライバーレスの自動運転が可能になる「レベル4」の自動運転の現状、並びに技術的課題と「ELSI」と呼ばれる非技術的な課題に関して議論を展開した。

3月7日

「自動運転と聞いて、皆さんは何を想像するか。まだ遠い未来の話、と感じるかもしれない。しかし実際のところ、運転における自動化の技術の中には、すでに広く実用化されているものもある」と、自動運転技術そのものの紹介から授業は始まった。

例えば、カメラで車線を認識して、車線から出そうになったら、調整してくれるような技術(LKA, Lane Keep Assist)、あるいはレーダーで前方との車間距離や速度を一定に保ちながら自動走行してくれる技術(ACC, Adaptive Cruise Control)といったものである。これらはすでに、多くの車に実装されている。つまり、同じ車線内での走行だと、自動走行はすでに技術としては可能になっているのだ。しかし一方で、「無人運転」はまだまだ遠い先の未来の話である。このように、実は自動運転にも様々な技術があり、範囲は広い。そのため、自動車の業界団体によってレベル分けがすでに行われていて、レベル0−5に分類されている。ここまで例としてあげた技術は、あくまでも「運転支援」という扱いであり、運転の責任は相変わらず運転手にある。このような技術は、レベル1とレベル2に分類される。

その次となる、レベル3、4、5はそれぞれ何を意味しているのか。まあ、レベル3で重要になってくるのは、システムの責任で自動運転が可能になり、「運転支援」から立ち位置が変わることである。しかし、自動運転が継続不可能になった場合は、運転手が運転に替わる必要が生じる(権限移譲)。一方でさらにもう一歩進んだレベル4では、自動運転の継続が不可能になった場合、システムが車両の安全停止にまで責任を持ってくれるために権限移譲の責任は生じなくなり、運転手そのものが不要になる。つまり、イメージしやすく説明すると、レベル3の車では運転手が自動運転中にスマホや車載ディスプレイの操作を行うこと自体は可能になるが、乗客がお酒に酔っ払ってても問題は生じないことになるのはドライバーレスが許されるレベル4の車である(ただし、その場合に自動停止されたら、車が止まったままになってしまう)。レベル5は人間が運転できる条件であれば自動運転も可能であるという、自動運転の最終の目標として存在しているが、まだ法的にも認められていない。

では、現状はどうなのか?2021年3月に、ホンダ社が世界で初めてレベル3を搭載した車を発表した。しかし、自動運転の条件が限定的であり(高速道路の渋滞時)、くわえて100台しか製造されていなく、その生産コストも高く、リースでの提供が主体であった。他方では、独のメルセデス・ベンツ社が、レベル3の車を近々製造すると公言しているが、現在のところ詳細はまだ公表されていない。いずれにせよ、レベル3に関してはまだ広く公道走行されていないのが現状である。そして、レベル4に関しては、日本、中国を含めた各国が法改正をして、限られた一定区域内でドライバーレスの車両の実験を実際におこなっているという現状である。

自動運転はこれからの時代に需要がますます増えていくと、先生は指摘する。地球温暖化や高齢ドライバーの安全問題から、自家用車に代わって公共交通が充実したまちづくりがこれから求められてくる。少子高齢化が進んでいる日本を背景に、地域部と都市部を分けて考えてみよう。地域部では、人口減少によって、需要が低く路線が赤字になり維持できなくなっており、自動運転による人件費の削減と収益性の改善が必要になっている。そして、地域部・都市部共通で、黒字路線でさえ運転手の人で確保に問題が生じている。自動運転は、それら問題解決のための道筋である。

自動運転技術の紹介をおおまかに行ったところで、先生はもっと「現場」のお話をしてくれた。今まで先生が実際に行ってきたプロジェクトや実験の様子を、動画や写真で見せながら、説明された。東大の自動運転のプロジェクトは、当初予算が厳しく、柏キャンパスにある実験フィールド内で中古のミニバスを購入して走らせていたが、そこから短期間の公道実験を沖縄から北海道まで行い、2019年にようやく柏キャンパスと最寄駅間の長期営業運営実証実験を行うところまで進んだ。

自動運転技術とはいえ、場所やシナリオごとに、想定しないといけない問題や、使われる技術や、適している改善方法が全く違ったりする。具体例はたくさん上がった。自動運転のよくある方法としては、走行する時にLiDAR技術で周りを360度スキャンして、走行中に取った形状をマップ化して、もっとも一致するところを走行するベスト・マッチング方法がある。しかし、たとえば北海道の雪道では、これはできなくなる。その理由は、雪が降ると道路の形状は変わり、さらに雪は溶けるにつれて道の形状も現在進行形で変化が起こり、データが実質使えなくなるからである。他にも、交差点を通る際、実はカメラで信号を色を判断すると、制度が95%程度になってしまう問題がある。そのため、信号サイクルの情報を事前に調整しあう形で、車が道と連携する、車道協調式の方法が採用されるお話もあった。このように、死角があったり、画像認識技術では限界がある複雑な環境などでは(i.e. 交差点)、道路の方にインフラを設置して、障害物をミリ波レーダーで検知するなどして、クラウドから車に情報を伝える枠組みも進んできている。

特に興味深かった点は、場合によっては「ハイテク」ではなく逆に「ローテク」な解決方法が求められていたことである。トンネルなどでGPSからの衛星信号が届かなく、GNSSによる自己位置同定ができない時には、発想を逆にして、磁石を道路に埋め込み、磁気マーカーで行路を確認する方が効率がよくなる場合もある。

では、色々と実証実験を行ってきて、どんなものが見えてきたか?実は、走行実験の最中、運転手が介入の必要性があると判断して介入を行ったデータを分析してみた。すると、面白い傾向が見えてきた:実は、危険の回避によるブレーキ介入や、走行方向のハンドル介入よりも、車を加速させるアクセル介入の方が遥かに多かった。機械が安全だと判断できないため止まってしまった時に、交通の円滑化のために。自動運転は、車は止めるより、動かす方が大変です、と先生は説明した。

様々な事例の説明をしながら、初日の授業は終了時刻を迎えた。授業終盤では、南京大学に留学している日本人学生から質問があり、レベル5の未来に関連する予測の話になった。レベル5の世界では、おそらく多くの自動運転車は自家用車ではなく、シェアカーになると、先生は説明された。その理由に関して問われた。

その理由は、コストにあると先生は述べられた。自動運転用に必要の精度の高いセンサー(特にはLiDAR)は、依然として高価であり、実験を行っている車の場合は、センサーなどだけで1億円しており(人民元で約500万元)。つまり、車本体の値段を遥かに超える。そのため、自家用車で自動運転するのは、現実とは遠いかもしれない、と先生が説明した。

3月8日

学生のコメントシートの質問に答えながら、二日目の授業は再開した。昨日授業にも上がった実例の話をまぜつつ、現在レベル4の自動運転技術の実現に向けてどのような形で政策が動いているのか、日本で経済産業省と国土交通省が実際に進めているプロジェクトの資料や、中国のグループが公開した技術白書などを取り上げながら説明した。日本の場合、昨日話題として上がった車道協調型のシステムで、自動運転技術をレベル2からレベル4まで対応するように目指しているのが、現在政府の戦略の一つである。

そして、授業は自動運転という技術を、いかに社会的に受け入れてもらうかという問題に繋がった。これは、連続講義のテーマにも関連する話である。

課題がたくさん残る自動運転、特にレベル4の自動運転に向けて多くの問題点が残っている。ただ、一旦整理すると、技術的な課題と、非技術的で、社会側の課題である「ELSI(Ethics, Legal, and Social Issues)」の問題に分けられる。

技術的側面の話は、昨日から事例を交えながら多くの例はすでに取り上げた。まとめると、①安全性の確保、②交通円滑性確保、と③インフラ協調の3つになる。人間が運転するのに比べて、自動運転はすでに事故のリスクは低い。しかしそれだけではだめである。また、現状、今は決められたエリアだけで自動運転は行われていて、走行実験の際に集めたデータに基づき、各路線ごとに改善や対策を行っている。しかし、この方法はレベル5の自動運転になると無理が生じる。そしてそもそも他の自動車によるルール違反など、リスクの想定をどこまで想定して判断するのか。自動運転の難点は、停止判断よりも発進判断であるという話は昨日の授業終盤で上がった。安全性のために発進を怠ると、逆に他の道路利用者の走行の妨げになり、かえって危険な状況が生まれる。それら問題の対処方法は、依然として最大の課題である。他にも、最後は自動車と道路の通信遅延と通信遮断を技術的にどう乗り越えるか。運転において、数秒の誤差でも命の危険に関わる。また、事業性の視点からも技術的課題が残る。すでに昨日の質問でも上がった車両のコストの話題、現時点で車体自体でもコスト削減がまだできていなく、さらに公共交通の場合車内に乗務員が依然として事故対応やバリアフリー対応などで必要であることから、現時点での事業性における課題も見えてきている。

一方で、「ELSI(Ethics, Legal, and Social Issues)」の問題、すなわち新規技術を社会実装する前に解決しなければならない、非技術的課題も多く残る。根源的にある問いは、「機械の犯すミスを人間、社会が受け入れることができるのか?」という点にあると先生は指摘する。人間の運転手も事故を起こす。そういう時は運転手は法的に裁かれ、金銭的に保障される。人々は感情的に納得できなくても、それを受け入れるしかない。しかし、それが器械だったら話はそう簡単にならない。アメリカでも日本でも、自動運転の走行中に事故が起きてしまって、実験そのものが停止されてしまう事例が発生している。事故の内実を見ると、必ずしも自動運転技術そのものが悪かったともいえない事故もあった。しかし、事故の発生をニュースの報道で見て、人々はやはり自動運転に恐怖を感じてしまい、社会の技術に対する受容度は下がってしまう。それに纏わる科学倫理の問題、それに関連する科学者や業界内でのガイドラインの策定、国内の法律の設備、国際的な条約との兼ね合いなど、様々な議論がすでに動き始めている。技術をどう社会に実装していくかで、自動運転技術の成功か失敗するかを大きく左右するだろう。

安全性のリスクと、自動運転がもたらす便益の問題。授業の最後、実際に自動運転技術の利便性を感じた人々が、自身の行動に変化をもたらす可能性もあるのではないかと先生が指摘した。先生が関わっていた、茨城県の境町の実証実験では、自動運転のバスの妨げになるということから、路上駐車する数が劇的に減少したり、運転時における譲り合いの意識も生まれた。自動運転のバスの運行が順調に進むために、自分の私有地を無償で貸出して、バス停の設置をさせてくれた人まで出てきたのである。

この二日間にわたって同時通訳を担当してくださった南京大学日本語学科の修士学生である唐懿昕さんと薛雨阳さんのお二人、本当にありがとうございました。

(文責:TA 市川)

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