中国の学生との共同フィールドワークを体験したい

学生による意見・感想 東大×南大共同フィールドワークin東京【11月】2013年度

共同研究「日本における水の心理的効果――「清める」」を通して(第3班)

今回のプログラムによって、私たちチーム3は「水」について「日本における水の心理的効果~清める~」をテーマにして共同研究を行いました。

明治神宮と
東京ジャーミイでのフィールドワーク

2_2.jpg私たちは東京都渋谷区にある有名な神社明治神宮と代々木上原にある回教寺院(モスク)である東京ジャーミイへフィールドワークに行きました。明治神宮には手水場で自ら清めることを体験しました。そして巫女さん・参拝客などいろんな人へインタービューしました。東京ジャーミイへ見学に行った時もモスクの方へインタービューし、ムスリムが毎日何度も行うことになる水による体の清浄、ウドゥーのやり方を覚えました。そのほか、私たちは東京大学駒場キャンパスにいる東大生へインタービューしました。その内容は神社に入るとき・家に帰ったとき・病室に入るとき水・お茶・アルコール消毒・お手拭きなどにどれを使って手を洗いますか、そしてそれを選択する理由や考えなどなのです。

DSC04815_2.jpg参拝客は「清める」に関して「小さい頃からの習慣になっている」と「深く考えない」などの感想は多く見られます。特に外国人の方たちは周りの人がみんなしているからする意見はまさにことわざの「郷に入っては郷に従え」のことであります。また、水のイメージとしての儀式的な意味と「洗った感」が重要であることが分かりました。それに対して、アルコールは殺菌、お茶は飲料としての印象が強いから、水はその正反対の位置にあることも分かりやすくなってきました。アルコールはにおう、お茶は有色、お手拭きは流れない。かれたちは各自な性質がありながら、水は逆に一切持たずにプレーンな特質で洗うに似合っていると思われています。そしてイスラーム教の小浄のこと、ウドゥーに通じて「清潔は信仰の半分である」という共通点が分かりました。しかしもっと多いのは相違点でした。例えばイスラームの「タヤンムム」と神道の手水への態度や意味、外国人の重要で面白い感じと日本人の清めるに対する大切さ。地域と人によっての違いは強く伝われてきます。

物理的にも
心理的にも日本人を清める水

これらの相違点が生じていることについて、私たちはいくつか理由を考えてみました。

まず、最も根本的な理由としては「日本の豊かな水環境」が考えられます。日本は海に囲まれており、また降水量も多く、さらに国土には多くの湖や川があります。一方イスラム国家のほとんどが乾燥地域にあり、水は貴重でそう簡単に手に入られるものではありません。次に考えられる理由としては、高度に発達した日本のインフラです。貯水場・浄水場などのような日本のインフラは昔から装備しており、現在では安全できれいな水が身近な存在になっています。日本は水の豊かな環境に囲まれていることもあり、日本人は小さい頃から神社で手を清めることが習慣文化の一部になっています。そのため、水は飲み物としての側面も持っていますが、「洗うと綺麗なった感じ」というイメージを持っており、洗浄という印象は強いです。そのほか、水には無色無臭、流れるなど、アルコールやお茶やお手拭きには見られないプレーンな性質があります。この四つの相互作用により、日本人は水によって物理的だけではなく、心理的にも清められた感じになるのです。LAP2013111501_2.jpg

他のチームのプレゼンはみんな興味深いものでした。「なぜ日本人はお湯ではなく水を飲むのか」は異文化に触れた時の違和感をきちんと掴んで、私も前に疑問を抱いたことがある実に面白いテーマでした。チーム4の「東京における水(ミネラルウォーター)の購買活動の傾向」は身近に小さな問題ですけど、じっくりな調査を通じていくつか実際の発見ができました。私は東京に水を買うのはどんな人か、またその原因は何かを一層分かるようになった上で感心しました。

(南京大学匡亜明学院 学部生 Z.J.)

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