中国の学生との共同フィールドワークを体験したい

学生による意見・感想 東大×南大共同フィールドワークin東京【11月】2013年度

「教養教育とは何か」(斎藤兆史先生)・「詩とことば」(アルヴィなほ子先生)を聴講して

この一週間、水についてのフィールドワークを行った一方、東京大学の授業も受けた。教養教育の話から日本のことばと文学、日本の憲法・思想まで、先生たちの詳しい説明を通じて、以前触れなかった領域を知り始め、たいへん勉強になったと思う。そのなか、もっとも印象深かったのは斎藤兆史先生の講座「教養教育とは何か」及びアルヴィなほ子先生の授業「詩とことば」である。

現在の中国において、
人格を養うための教養教育は不可欠

CA3K04860001_5.jpg1991(平成3)年の大学設置基準が大綱化されたことによって、多くの大学の教養部が廃止・解体された。東京大学は日本の国立大学のなかでのちに「教養」の名を守り通すことになる数少ない大学のひとつである。教養教育への批判が盛んになったなか、教養学部を守ることができて、たくさんの困難を越え、そして、東大はやはり自分なりの教養信念・教育理念を持っていると思っている。

先生がおっしゃったとおり、日本はヨーロッパの学問を輸入する前に、中国から学問・思想を求めていた。そのなか、特に江戸時代に重視されたのは儒学である。その中心にあるのは科挙を受ける人たちにとっての必読の「教養書」でもあった「四書五経」である。「四書五経」は人生の哲学、儒者の自己修養と政治思想などが述べられている。昔の中国では、孔子をはじめ老子、荘子、孟子などの有名な思想家・教育家は私塾を開き、弟子たちに向けて学問を伝授していた。修養を積み、人格を磨き、精神を養うなどを目標として、単に知識を身につけるのではなく、自らの人格を養うのも重要な内容である。

現在の中国はまだ発展途上国であり、経済の発展を目指し頑張ってきた。物質の豊かさを獲得できた一方、自然破壊が深刻化に進み、自分の利益を得るために他人や自然に害を与えるなど、社会問題が起こっていた。幸いのは、政府や民間の人々は経済を一方的に発展させることから脱出しなければならないと認識し、持続可能な調和的発展を続けることのできる社会や中国の夢などを実現するために力を注いでいる。こういう社会環境のもとで、人格を養うを主旨とした教養教育は不可欠なものだと思う。実業ばかりではなく、自己の修養、社会の調和なども重視しなければならない。

新しい視点から見れば
新しい知識が得られる

また、「詩とことば」という授業は、日本の文字やことばの象形の変遷などの内容をめぐり、ディスカッションと発表という形で進んだ。中国の漢字とまったく同じ形であっても、字の変遷が違う点はとてもおもしろいと思っている。また、私たちが毎日使っている漢字は、いくつかの部分に分けられて考えると、新しい意味や機能を発見することができた。ごく当たり前のことから、新しい視点から見れば新しい知識が得られることは、これからの研究においても重要視すべきものだと思っている。

(南京大学日本語科 大学院生 C.Y.)

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