ディシプリン(学問領域)に
とらわれない思考を身につけたい

第1回 03月02日 長谷川寿一

動物行動学からみた動物とヒトの家族

1回 動物行動学からみた「家族」ー家族の起源、家族内の助け合いと対立。

生物が次世代に子孫を残す(繁殖する)とき、受精卵を親が放置せず保護するところから親子関係が始まる。子に対する世話行動は母親だけがする場合(多くの哺乳類)、父親だけがする場合(多くの魚類)、両親が共に世話をする場合(多くの鳥類)など様々だが、なかには両親だけでなく年長のきょうだいが繁殖年齢になっても親元に留まり年下のきょうだいの世話を手伝う場合もある。

これが動物社会における家族の始まりである。この講義では、動物の親子関係の多様性、家族が生まれる生態学的要因、家族内の助け合いと家族内の対立、家族を超えた共同生活などについて概説する。

2回 ヒトの家族と共同体ーヒトはどうして特別なチンパンジーになったのか

ヒトは約200種の霊長類の中でも例外的に家族を作り、さらに家族を超えた共同体で生活するかなり変わったサルである。たとえばおばあさん期がある哺乳類は他にない。この講義では、ヒトと遺伝的にきわめて近縁な大型類人猿(オランウータン、ゴリラ、チンパンジー)との比較を通じて、ヒトの一生(生活史)や子育てのスタイルがどういう点でユニークであるのか、なぜそのようなユニークさが生じたのか、さらに、家族生活と共同体生活は、人類進化のなかで、ヒトに固有の心の進化にどのような影響をもたらしたのかを考察する。

講師紹介

長谷川寿一
長谷川 寿一先生 総合文化研究科広域科学専攻・教授/ 人間行動進化学、行動生態学 1952年生。神奈川県出身。1974年、東京大学文学部心理学科卒。1984年、同大学院人文社会学研究科心理学専攻博士課程修了。文学博士。国際協力 事業団派遣専門家、東京大学教養学部助手、帝京大学文学部助教授を経て、1991年より東京大学教養学部助教授、1999年より同大学院総合文化研究科教 授。2011年より同研究科長・教養学部長(2011-13年)、東京大学理事・副学長(2013-15年)。日本学術会議会員(第20-22期)。日本心理学会理事長(2015-17年)。専門は、動物行動学、進化心理学。
授業風景

3月2日、暖かい春の日の午後に、東京大学リベラルアーツ・プログラム(通称LAP)南京大学集中講義2017年の開講式が催された。式が南京大学外国語学院副院長劉雲虹司会で行われた。南京大学教務処処長邵進、同国際交流連携処処長孔剣鋒により歓迎挨拶、東京大学教育高度化機構国際交流連携部門刈間文俊教授により開講の辞をいただいた。

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開設してから12年目となる南京大学集中講義の今年のテーマ「家」とは、身近でありつつも、語ることの難しい存在でもある。第一講目に行動生物学者の長谷川寿一教授を迎え、「動物行動学からみた動物とヒトの家族」について二回分けでご講義をいただいた。

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一回目は「家族の起源、動物の親子関係、ヘルパー行動」という副題のもと、動物界における家族構成と子育て(養育)状況がまず紹介された。動物界では、子育てをしない、あるいは子育てをどこかの段階で打ち切ることが一般的であるが、人間家族と同様に子供を育てあげる動物種もいる。実は、動物界でも夫婦・親子・兄弟といったヒトの家族の定義にあうような関係が存在している。

 そもそも動物はなぜ子育てをするのか?

進化生物学では、生命体の最大の課題はなるべくたくさんの子孫を残すことである。次世代へ命(遺伝子)を繋いでいくには、ひたすら子づくりするのではなく、生存率を高めるに養育行動や保護行動が必要となる。しかし、子育てが過剰だと、次の子作りに支障が出る。すなわち、子育てと子作りの間にはトレードオフがある。動物における親子関係、養育行動を経済学的な用語を借りて養育投資行動という観点で見てみよう。

雄雌と子育ての関係では、一般論として、雌において養育投資が進化しやすい。なぜなら、卵子の産出が少ないため、雄に比べると受精卵が発生・成長できない時のコストが大きい。統計の結果から見ても、動物界では雌による子育てが多いのである。

無脊椎動物と脊椎動物に分けて実際例を確認してみよう。

無脊椎動物は寿命が短いため、親子関係が存在しないのが普通であるが、子育てする動物もいる。その中、雌だけが子育てする科(分類学の単位)の数は雄のみの20倍以上にもある。雄だけの子育て、両親ともに世話する場合は稀にある。

脊椎動物の子育てについては、まず魚類を見よう。魚類でも普通子育てしないが、子育てをする「科」は全体の約2割がいる。そして、タツノオトシゴが育児嚢を持つことや、ハマギギが口内で卵を保育することなど、父親の世話が母親の世話よりも多いことが特徴的である。なぜ、魚類では雄の子育てが多いのだろう?それは、魚類の大半は体外受精で、受精卵は雄のなわばりの中に残されることが多いからである。ただし、体内受精する魚類だけだと、雌の子育てをする比率が高くなる。

両生類の子育て行為は、魚類より多く見られる。体外受精の場合、雄の世話が多いのに対し、体内受精の場合、雌の世話が多い。そして、魚類と同じように、両親による世話がみられない。

爬虫類の場合、親の世話はほとんどないが、一部卵胎生の蛇やトカゲ、それとワニ類の全てが雌で卵を保護する。雄だけの世話や、両親の世話はない。

鳥類は他の動物とかなり違い、約95%の鳥類は両親によって子の世話をする。そしてヒトと同じように、一夫一妻で子育てをするため、家族の起源を考える上で、大切な参照物とも言えよう。

哺乳類では、妊娠・授乳が雄のできない仕事のため、雌のみの子育てが一般的である。雄の世話は、全哺乳類の5%程度しか占めていない。割合から見れば、父親も熱心に子育てするヒトは、哺乳類としては例外的である。

さらに、一部の鳥類と哺乳類には、年長の子(兄や姉)が、新しく生まれたヒナの世話を一緒に行う行動もみられる。動物生物学ではそれを協同繁殖(Communal Breeding)と呼ぶ。しかし、なぜ年長の子が独立せず、子育てのヘルパーになるか?ヘルパーになるとどんな利益があるのでしょう?

独立する場合のデメリットから見れば、独立すると捕食圧が高くなり、餌条件も悪くなる。そして、生息地の繁殖なわばりはすでに埋っていて、独立しても新しいなわばりを構えられない可能性も十分にある。ヘルパーになることのメリットを考えれば、ヘルピング行動により下の弟妹の巣立ち率が高まり、自分にとっても遺伝的な利益がある。稀ではあるが、他の血縁個体や、非血縁関係による協同繁殖もみられるが、その場合、将来的にはなわばりを引き継げる可能性もある。

実際例として、シロビタイハチクイでは、ヘルパーが最大4羽までいる。巣の中にいる成鳥(ヘルパー)の数が多いほど巣立つヒナの数も多くなり、「ヘルパー効果」が確認される。また、統計により、ヒナとヘルパーの血縁関係が近いほどヘルパーになりやすいことも確認できた。すなわち、ヘルパーは血縁者の巣立ちを助けることによって、遺伝的な利益を得ていることがわかる。このような近縁者に対する利他行動は、血縁選択説(Kin Selection)という進化理論で説明される。

最後に、動物家族におけるファミリートラブルが紹介された。動物家族でも離婚・死別・再婚・連れ子といったことが観察できる。そこでみられる育児放置や子ども虐待などの問題は、人間家族でも部分的に当てはまる。

このように、動物家族を知ることは、人間家族の生物学的基盤を理解する上でも重要である。人間家族を研究する際に、動物家族は鏡のような役割を果たしている。動物の一種類にすぎない人間はどうして家族を作って子育てをするのか、他の動物とどう違うのかを明日の講義で先生と一緒に考えてみよう。(報告:朱芸綺)

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2017年3月3日

長谷川寿一

動物行動学からみた動物とヒトの家族(第2回)

ヒトの家族と共同体——ヒトはどうして特別なチンパンジーなったのか

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人間とは何か?

この昔から問われるもっとも深遠な問いに、哲学者や芸術者、科学者がさまざまな見方と考えを示している。その中、誰よりも早く、深く熟考した科学者はチャールズ・ダーウィンである。彼は2世紀前に、すでに現在でもよく知られる進化系統樹の原型を書き残していた。晩年に書かれた“Decent of Man”(「人間の由来」)という著作は今日でも、進化的人間を考える上での出発点となっている。

ダーウィンは、ヒトもまた一介の生物に過ぎないことを、明らかにした。生物界におけるヒトの位置づけは、真核生物の中の動物界の中の脊索動物門の中の哺乳綱の中の霊長目の中のヒト科の中のヒト属のヒト種、約175万種もある地球上の生物の中の一種ということになる。ヒト上科というヒト科の一つ上の分類群には、類人猿とヒトが含まれる。類人猿のうち、オランウータン、ゴリラ、チンパンジーが含まれる大型類人猿と人類をあわせた分類群がヒト科であり、ゴリラとチンパンジーと人類をあわせた分類群がヒト亜科である。さらに、進化の最後まで同じ道筋をたどったチンパンジーと人類をあわせて、ヒト族と呼ぶ。ヒトとチンパンジーの祖先は約800万年前に別れたが、それ以降の化石人類と現生人類を総称してホミニン、あるいは単に人類と呼ぶが、現在、生き残っている人類は、私たちホモ・サピエンス一種だけである。

1970年代まで、ヒトは他の類人猿とは別の位置につけられたが、分子生物学の進歩に伴い、ヒトとチンパンジーのDNA配列上の遺伝的な違いは、わずか1.23%だということがわかり、ヒトは一介のチンパンジーにすぎないだと言えよう。しかし同時に、ヒトは特別なチンパンジーでもある。これについて、カリフォルニア大学のジャレド・ダイアモンドがThe Third Chimpanzeeという本を書いて詳しく説明している。また本書は長谷川先生によって「人間はどこまでチンパンジーか?」という題名で翻訳されている。

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では、ヒトとチンパンジーの共通の特徴とは具体的に何があるのか?また、ヒトが特別に持っているものは何か?

まず、共通性について。すでに紹介されたように、類人猿にはテナガザルという小型類人猿とオランウータン、ゴリラ、チンパンジーという大型類人猿がいる。野外研究の結果に基づいたこの四つの類人猿に関する社会構造図を見てみると、雄同士の絆が最も強いのはチンパンジーだけだということがわかる。この特徴はヒトにも通じる。他に、食物分配、雄の政治的な行動、集団暴力、そして狩猟も、ゴリラに見られず、ヒトとチンパンジーで見られる特徴である。

次にチンパンジーとゴリラでは共通で、ヒトだけに見られる特徴を考えよう。それも文明化される以前の伝統社会に見られる人間本来の生態学的な特徴を考えて見よう。同じ類人猿の社会構造図に、雄と雌の関係という角度から注目を与えると、どの類人猿でも雌同士の絆や協力関係が希薄だということがわかる。女性同士の絆はゴリラやボノボ、チンパンジーにない、ヒトにしか持っていない特徴の一つと言えよう。また、人間は類人猿に比べれば、独立した大人になるまでにより多くの時間が必要となるため、依存時間の長い子供の世話が母親だけではなく、男性やおばあさん、集団の中で行われ、すなわち、協同繁殖することも固有な特徴の一つとなる。したがって、「人間とは何か」という答えの一つは、子育てを共に行う類人猿だといえよう。

人間は遺伝的には、類人猿に過ぎないが、生態学的にみると、かなり変わった類人猿である。今から2000万年前の中新世という緑豊かな環境に適応し、果実を主食とする類人猿は、基本、個人あるいは小規模集団で生活している。雌たちは手間のかかる子どもを独力で育て上げる。そんな類人猿の中で、唯一、より乾燥した新しい環境に適応し、果実だけでなく、肉を含む雑食になったのが私たちの祖先であった。乾燥地では、肉食動物から逃れるためにも、集団で生活することが必須となり、共に食べ、共に子育てを行う共同社会が誕生した。共同で生活することは、われわれの祖先の心や脳に大きな変化をもたらした。他の類人猿には見られない、他者の心の理解(専門用語で「Theory of Mind」)、積極的な教育や身体模倣、同情や共感といった能力は、人間に固有するものである。類人猿でも数多くの実験が試みられてきたが、社会的場面での知性には、ヒトと類人猿の間に非常に大きな断絶がある。

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二回にわたって、長谷川寿一先生より、初日に動物における子育ての多様性、動物界で家族が生まれる生態学的要因、協同繁殖などについて、二日目に生物としてのヒトにおける家族と共同体生活の進化について、他の類人猿と比較しながら、ヒトがどのように特殊な類人猿なのかという問いを解説していただいた。講義の最後、今も研究者間で議論が続いている「おばあさん仮説」、ヒトにおけるペアボンドの進化に関する「子育てヘルパー仮説」及び「ボディガード仮説」も紹介された。

われわれ人間は遺伝的にはチンパンジーと非常に近いが、二足歩行が得意なわれわれの祖先が、類人猿の伝統的な生活に見切りをつけ、乾燥地に進出した。その結果、食べ物と子育てと社会が大きく変わったのである。共同体生活の中で知性と脳が育まれ、ヒトはようやく世界に一つだけ「特別なチンパンジー」に進化した。これから頭の片隅に自分が「特別なチンパンジー」であることを入れておき、ヒトとは何か、家とは何かを考え直してみては如何でしょうか。(文章・朱芸綺)

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