ディシプリン(学問領域)に
とらわれない思考を身につけたい

第6回 03月26日 瀬地山角

鏡としての比較社会学:東アジアの中の日本のジェンダー

2015/3/26 -3/27

 比較社会学は、他者を通して自分を見いだす鏡の役割を果たします。ただ実験室で条件を揃えることのできない社会科学にあっては、比較は容易ではありません。そうした比較の手法の一例を紹介する講義となります。

 東アジア(中華文化圏、朝鮮半島、日本)はしばしば共通の特性を持っているような議論がなされることがあります。この講義では、ジェンダーに関してむしろ東アジアの内部がどのように異なっているかを明らかにし、その中で日本がどのような特徴を持つ社会なのかを論じます。

 中国と日本を比較して、ふたつの社会の間で違いを見つけたとしても、それが社会体制の違い(社会主義か、資本主義か)によるものなのか、経済の発展水準によるものなのか、あるいは文化によるものなのか、原因を特定することができません。

 そこで資本主義の台湾や韓国を媒介としながら、東アジアの中の3つの文化圏(中華文化圏、朝鮮半島、日本)の特性をジェンダーの観点から読み解いていきます。具体的には既婚女性の就労パターン、高齢者の就労、などを扱いますが、社会体制の違いを越えて、むしろ文化を共有する社会にジェンダーに関する共通点がある点を指摘していきます。

講師紹介

瀬地山角
東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻教授。 東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了。博士(学術)。東アジアのジェンダーにまつわる比較社会学が専門。『お笑いジェンダー論』(勁草書房、2001年)、『東アジアの家父長制-ジェンダーの比較社会学』(勁草書房、1996年)などの著書がある。
授業風景

●南京大学集中講義「鏡」第5講(2015年3月26日)

sechiyama_3_portlate.jpg

. テーマ

 1日目の講義は比較社会学という考え方の導入に始まり、おもに「主婦」をテーマにして東アジアの中の日本のジェンダーを考察した。

1. 比較社会学とは?

 比較社会学とは、自分が立脚する場所が自明ではないという前提に立ち、他の社会との比較によってその自明性を暴くものである。ただし「社会」を比較する作業は容易ではない。まず、理科系の学問領域と異なり、社会科学においてはすべての変数を統御できる実験がほぼ不可能である。また、異なる「社会」の比較をとおして顕著な差異が見られたとしても、説明変数が多すぎることからその差異が何を意味するかを解釈することがしばしば困難である。たとえば中国と日本との間で女性の働き方を比較して、仮に有意な差異が見い出せたとしても、中国と日本では経済状況や社会体制などが異なることから、その差異を解釈するのは難しい。

2. 東アジアと儒教文化圏?

 日本や中国、台湾、韓国、北朝鮮など、東アジアの社会には確かによく似た側面がある。たとえば、どの社会も教育に価値を置く傾向があるということは言えそうだ。しかし、東アジアはその内部に資本主義と社会主義を抱えた地域であり、社会体制が異なる。1日目の発表では、日本の女性の働き方や主婦をテーマとして、日本と同様に資本主義体制をとる韓国および台湾との比較を試みる。

3. 「近代家族」の誕生と日本の事例

 「近代家族」の誕生は、19世紀半ばの産業革命期のイギリスにまでさかのぼる。ここで言及する「近代家族」とは、夫婦愛や親子愛など情緒的な関係によって規定され、性役割分業をもった家族形態のことである。そこでは男性がゆいいつの稼ぎ手(male breadwinner)となり、専業主婦が次世代の再生産労働(家事や育児、介護)を担い、子どもは就学を要求される。

 日本を事例に見ると、安定した経済と民主主義の発展を経験した大正時代(1912-1926)に「月給」が与えられる「サラリーマン」が誕生している。これによって専業主婦も生まれ、「良妻賢母」という概念が登場するのもこの頃である。「良妻賢母」とは、教育を受けた女性に子育てや主婦業をうまく務める(次世代を担うより良い国民をつくる)ことを要求する概念である。なお、中国語の「賢妻良母」や韓国語の「賢母良妻」という言葉はまず日本でつくられ、中国や韓国へ「輸出」されたものであった。

 日本では専業主婦という生活様式が全国に普及するのは戦後のことである。日本で女性の労働力率がもっとも低かったのは 1975年の高度経済成長期であった。日本の女性の労働形態は「M字型」をとることで知られるが、この時期にかけて「夫はサラリーマン、妻は専業主婦、子どもが2人」という家族のイメージが形成されたのである。それは、結婚に至るプロセスとして「お見合い」ではなく「恋愛」が重視されるようになった転換点でもあった。

 日本では、第1子の出産後も継続して働く女性は全体のわずか4分の1(1985-2009)である。意識調査では、結婚後に専業主婦になると考える人は(男性・女性ともに)約1割にすぎないが、育児休業制度が成立した(1991)後も第1子出産後の妻の就業率はわずかにしか増えていない。また、共働き世帯における男性の家事関連時間は週平均で1日当たり39分と、女性の4時間53分と比べて著しく短いことがわかっている。日本では家事労働のコストが女性にばかり押しつけられているのである。これは「個別的な」問題というよりは、もはや「社会的な」問題であると言うべきである。(ここで、「女性が結婚相手の条件として男性に求めるもの」という質問調査を言及し、そこでは1位の「人柄」(98.2%)に続いて「家事の能力」(96.4%)が2位に挙げられていることを紹介。

4. 韓国・台湾との比較

 日本や韓国と台湾では、社会体制(資本主義)だけでなく現在の経済水準もそれほどおおきな違いがないことから、比較社会学という手法をとおして「文化規範」の要素を抽出することができると考えられる。

 まず、韓国と台湾の女子労働力率を比較すると、いっけん似ているように見える(ともに1970年頃より増加しつづけている)が、詳しく見ると台湾の方が産業化が早かったことがわかる(第1次産業従事者率は1985年における韓国の24.9%と台湾17.5%、1990年における韓国17.9%と台湾12.8%、2008年における韓国7.2%と台湾5.1%)。

 また女子労働力率から指摘できるのは、日本と韓国はM字型をとるのにたいして台湾はそうではないという傾向が、戦後から現在に至るまでおよそ一貫している点である。台湾にかんする2008年度の調査では、25-29歳に女性の労働力率はピークを迎えて80%を超えるが、その後、40代前までゆるやかに減少し、40代後半になると急激に落ちていく。これは台湾に特徴的な点と言え、40代まで女性の労働力率は日本や韓国よりも高い数値を示しているにもかかわらず、40代以降は急降下し、日本や韓国と逆転する現象が見られる。また、首都を例にとってソウルと台北の女子労働力率を比較すると、韓国では大都市(ソウル)に移動すると女性は働かなくなる(=専業主婦になる)傾向があるのにたいして、台湾では大都市(台北)に移動しても女性は働きつづける傾向にあることがわかった。この点で、日本と韓国は似ているのにたいして、台湾はかなり異なることが指摘できる。

 最後に、韓国や日本の女性の労働は、なぜM字型になるのか。ひとつの仮説として、子どもと母親の関係を規定した文化規範を指摘することができる。日本では子どもが3歳になるまでは母親が面倒を見なければならないとする「3歳児神話」規範が、その科学的根拠が否定された現在においても根強く支持されている。じっさい日本では第1子が生まれるとともに女性は退職し、子どもが小学生頃になる頃にふたたび働き始めるのである(ただしその大多数はパートタイム労働に就く)。いっぽう、韓国には「Wild Goose's Father」という文化規範があり、高校生の子どもを外国(おもに英語圏)へ留学させるときに母親は一緒についていくべきだという考え方がある。つまり、それは子どもが大学受験を終えるまでそのマネジメントは母親が務めなければならないという考え方であり、母親はその労働にひと段落がついてはじめて、ふたたび就労に就くのである。 

5. 質疑応答

Q. データの統計的誤差をどう考えますか? またデータのアクセス方法について教えてください。

A. 今日扱ったデータの多くは国家統計であり、日本や韓国、台湾の官庁統計については十分に信頼できると言ってよい。それゆえ誤差についてそれほど心配しなくてもよい。それらはオンラインでアクセスすることができる。

Q. 日本では家事関連労働について男女比が著しく偏っているというお話でしたが、家庭内で衝突は見られないのでしょうか?

A. もちろん個別にはあると思われる。しかし「実感」としては「昔に比べて男性も家事を意識するようになった」程度のイメージしかないのではないか。女性にとってはそれ以外に「逃げ道」がないという状態であり、それゆえこうした家事関連労働の男女差が否が応でも継続されてしまう現状がある。

Q. 中国の雇用環境はすでに資本主義体制へと移行していると考えます。中国を「社会主義体制」と定義することについてどう考えますか?

A. 社会主義国は、初発の段階で女性を労働力として動員する。その点において、結婚したら仕事をやめることを前提とする日本のような資本主義国と、結婚しても仕事を継続することが前提とされている中国のような社会主義国とでは、あきらかに相違が見られる。中国の労働市場は資本主義体制に移行しているといっても、女性の労働にかんする価値観はやはり社会主義国のそれである。

(文責 国際社会科学専攻相関社会科学 福永玄弥)

sechiyama_1_jyugyofukei.jpg

●南京大学集中講義「鏡」第6講(2015年3月27日

0. テーマ

 1日目のテーマは主婦と女性の労働であった。2日目の前半では東アジアにおける主婦の相対的地位を、後半では高齢者の働き方を比較検討する。これらの作業をとおして東アジアにおけるジェンダー規範を浮き彫りにする。

sechiyama2_1_portlate.jpg

1. 社会における主婦の相対的地位

 学歴別の女子労働力率という観点から東アジアの社会を見ると、女性の学歴が高くなるにしたがって労働力率が上昇する社会と、上昇しない社会とに分けることができる。前者が台湾であり、後者は韓国や日本である。さらに韓国では夫の所得が上がるほど妻が働かなくなる傾向が見られることから、同社会において専業主婦は高階層に位置すると言うことができる。このように学歴別に女子労働力率を見ることによって当該社会における主婦の相対的地位の高さを検討することができる。

2. 社会主義と女性の労働

 女性の労働にかんして、台湾とシンガポール、香港、中国の共通点として、いずれもM字型をとらない社会であることがわかっている。このことから、これらの中華圏においては母親が出産後に子どもの側にいてケアをしなければならないという規範が見られないということが言える。

 中国では、マルクス主義に基づき、女性解放は社会主義革命の一部とされ、労働をとおして女性は解放されると考えられた。建国時には、資本主義社会がそうであったように社会主義体制の国々も産業化と「国民創出」の矛盾に直面した(1日目講義を参照)。しかし、社会主義国は「主婦」を創出する代わりに、国が育児をサポートすることによってその矛盾を解決するという方策を取った。中国や北朝鮮もそうである。

 中国では「主婦」を生みだすのではなく、共働きでしか家計を維持できない程度に抑えることによって女性の就労を促進した。また託児所を単位ごとに作るなどして、夫婦がともに働くことを前提とする政策を採用した。北朝鮮でも国が託児所を設置している(北朝鮮では託児所の数が1953年の15から1960年の7,624、1966年の23,571まで急増)。この点において社会主義国と資本主義国とはおおきく異なる。

 しかし、社会主義は中国や北朝鮮において、やがて土着化(Indigenization)していった。たとえば中国では改革開放期、つまり経済発展が急速に見られ社会が豊かになり始めた時期に「婦女回帰(女性は家に帰れ)」論争(1988-89)が起きている。また北朝鮮では1966年以降、康盤石(金日成の母)を見習う運動が登場し、結婚した女性は家事や子どもの教育に加えて、「嫁」として義父母に従うことを奨励する運動が展開された。これは北朝鮮における儒教規範が色濃く表れた象徴であると言える。それでは、同じ社会主義体制をとる中国と北朝鮮の違いはどこにあるのだろうか。

 北朝鮮では、結婚してから賃労働に従事しない女性が一定層いる。一方、中国でも前述のように「婦女回帰」論争などが起きたが、日本で見られたような「主婦の誕生」という現象は見られなかった(もちろん中国にも専業主婦がいないわけではないが)。以上のことから、仮に北朝鮮が資本主義化すれば女性の労働形態は韓国型をとり、中国から社会主義の要素がなくなれば、台湾や香港型の社会と同じ方向へ向かうと考えられる。すなわち、ジェンダー(ここでは女性の働き方)という観点から見れば、社会体制の差異にもかかわらず韓国と北朝鮮、台湾と中国には共通点があると言える。とするならば、ある社会におけるジェンダー規範は、社会体制による影響をいくらかは受けつつも、その社会のより深層部分を形成していると言えるのではないか。

3. 少子高齢社会と高齢者の労働

 日本、韓国、台湾、香港の少子化は止まらない。とりわけ台湾の出生率は2009年には0.9を下回るなど、驚くべきスピードで少子化が進行している。それらの社会ではどうじに高齢化も進展し、とくに日本では現在、高齢者(65歳以上)の全体に占める人口比率が約26%に達し、2060年には40%にまで到達すると推測されている。韓国も日本を追いかけるように高齢化が進展しているが、日本以上のスピードで進行すると予測される。

 ここで高齢者の就労パターンを検討すると、日本と中華圏は正反対の傾向を示すことがわかった。すなわち男性高齢者の労働力率は、日本でひじょうに高く、台湾はきわめて低い社会なのだ。「(高齢になっても)なぜ働きつづけるのか」を問う社会調査で日本と台湾を比較すると、「収入がほしいから」と答えた割合は日本の男性が39.7%で、女性は36.4%であった。一方、台湾では男性が79.3%、女性は82.4%である。また「(働くことは)体によいから」と答えた割合は、日本の男性が37.2%で、女性が40.2%、台湾男性は0.6%で、女性1.5%であった。さらに日本の高齢者を対象にした調査(「いつまで働きたいか」)結果を加えると、「65歳くらいまで(働きたい)」が31.4%、「70歳くらいまで」は20.9%、「働けるうちはいつまでも」が25.7%であった。以上をまとめると、高齢者の労働力率がひじょうに高い日本では、働く理由として「収入がほしい」と「体によい」を挙げた割合がほとんど同じであったのにたいして、高齢者の労働力が極端に低い台湾社会において高齢者が働く理由として「体によいから」を回答した割合はひじょうに低かった(つまり台湾の多くの高齢者は収入を求めて働くのである)。かくのごとく、日本と台湾では高齢者の労働にかんして極端な違いが見られる。

 ここで、学歴別に男性高齢者の就業率を比較してみよう。日本では学歴が上がると(男性)高齢者の就業率も上がっている。他方、韓国では学歴が上がると高齢者の就業率は下がっている。また台湾はほとんど学歴に関係なく、そもそも高齢者の就業率が10%以下と極端に低い社会である。さらに台湾だけでなく、シンガポールや香港、中国などのいわゆる中華圏では、45歳頃を境にして急激に労働力率が下がる傾向が共通して見られている。

4. 結論

 1日目と2日目をとおして、東アジアの社会(日本、韓国、北朝鮮、中国、台湾)における女性の労働や主婦の(相対的)地位、高齢者の労働状況を比較社会学の手法で検討した。結論として、これらの領域において社会主義や資本主義という社会体制による影響はたしかに見られるが、それ以上に中国と台湾、韓国と北朝鮮は似たような傾向を示すことがわかった。女性の労働や主婦の検討などから、ジェンダーが社会体制を超えて、その社会のより深層を形成していると言えるだろう。

 多くの中国人にとって、日本の主婦や高齢者の労働状況は理解に苦しむだろう。だが、その逆もまた然りである。日本という社会を鏡にとることによって、中華文化圏が何を自明性とする社会であるかがはじめて浮き彫りになるのである。

sechiyama2_QandA.jpg

5. 質疑応答

(Q) 1日目の講義で日本には「3歳児神話」があるというお話をうかがいました。中国でも子どもの養育を両親に押しつける言説が周囲にあふれていて不安になります。そうした言説をどのように考えればよいですか?

(A) 「3歳児神話」はすでに科学的にも否定されている。日本の場合、託児所の質が高いため、働いている両親は託児所に子どもを預ければいいだろう。ただし東京や大阪などの大都市では託児所の数が足りていないことが課題として挙げられる。

(Q) 「中国の女性は結婚しても働きつづけるから女性の置かれている状況は先進的だ」という意見をよく耳にします。しかし私は同意しません。というのも、家庭における女性の位置がかならずしも高いとは言えず、女性は家事も労働もしなければならないという二重の圧力を感じることがあるからです。日本と比較して、どう考えればよいですか?

(A) おっしゃることはわかるが、それでも中国の既婚女性が置かれている環境は日本よりはずっと先進的であると言える。

(Q) 中国では家事はできて当然という考え方があり、そういう意味では家事は「労働」としては承認されていない状況にあると思います。

(A) そうした状況こそが、(講義で述べてきたように)中国における主婦の社会的地位が相対的に低いということを示している。

(Q) 中国では挙式のプレッシャーが大きいです。日本ではいかがですか?

(A) 以前は挙式に金がかかっていたが、現在はかなり簡素な形式を選ぶこともできるようになっている。日本では中国のように結婚するにあたって男性が家を買わなければならないなどのプレッシャーは存在しない。

(Q) 中国では託児所があるから女性の就労が守られているというお話でした。日本の状況はいかがですか?

(A) 日本では幼稚園の数は多いが、始業と終業時間が早いため、働きながら子育てする親にとっては親切と言えないシステムになっている。日本の託児所は一般的にはコストも高くないし、質も高い。託児所があれば親も安心して働けるが、大都市部では数が足らないなどの課題を抱えている。

(Q) 日本は中国よりも性的にオープンな社会だと思います。「同棲」について社会的プレッシャーはありますか?

(A) 結婚前のお試し期間として同棲を選択するカップルもいるが、割合としてはかなり少ない。子どもができたら結婚しなければならないという種類のプレッシャーは日本にはあるが、同棲についてはない。

(文責 国際社会科学専攻相関社会科学 福永玄弥)

コメントする

 
他の授業をみる

Loading...