ディシプリン(学問領域)に
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第11回 12月11日 井原泰雄

人類の進化と信頼

アフリカで暮らしていたヒトとチンパンジーの祖先は、500万~700万年前に分岐した後、それぞれの系統で独自の進化を遂げ、現在の姿に至っています。このため、他の動物と比較したときに見られるヒトの特殊性は、過去数百万年の間に人類の系統で獲得されたものだと考えられます。文化、言語、自由意思など、ヒトを特徴づけると言われる性質は、なぜ人類でのみ顕著に発達し、他の動物では同じことが起こらなかったのでしょうか。この問いに答えるためのキーワードの一つが、「信頼」なのかもしれません。信頼と人間性の起源との関係について考えます。

講師紹介
井原泰雄
2001年、東京大学大学院博士課程修了、博士(理学)。スタンフォード大学研究員を経て、2004年より、東京大学大学院理学系研究科講師。専門は進化人類学、数理生物学。ヒトの行動進化について、主に数理モデル、計算機シミュレーションを用いた研究を行っている。
授業風景

2019年度第11回学術フロンティア講義では、12月11日に東京大学大学院理学系研究科にて進化人類学、数理生物学をご専門とする井原泰雄先生をお迎えし、人類の進化上信頼がどう機能してきたかについてご講義いただいた。

井原先生はまず、ニッチ構築という人類学における概念を紹介する。これは生物の個体が自分自身の生息環境に変更を加えていくこと、またひるがえってその生息環境が自分自身に作用していくことを指すもので、今回の講義では、人類進化の過程において「信頼」がニッチ構築によって進化の道筋に深く影響してきたのではないかとする結論を先に置いた。

ヒトとチンパンジーの差は、We-nessの有無の違いである。We-nessとは他者を信頼し、他者と協働しようとする姿勢ないしは性質だが、少なくとも、現時点でチンパンジーには人間ほどのWe-nessは見られない。不平等な結果に対してどのような反応をするかを調べる実験においても、ヒトがたとえ自分が得をしていてもその不平等を是正しようとするのに対し、チンパンジーにはそのような行動は見られない。

では、どのようにして人類はそのようなWe-nessをはぐくんできたのか。先生は可能性の一つとして対峙的屍肉食を挙げる。まだ断言はできないが、初期の人類が行っていたのは屍肉食であるという仮説である。木の実や果物といったものより栄養価が高いうえ、動く獲物を狩るための敏捷さや力強さを必要としないためである。だが、一方で屍肉はハイエナなどのほかの肉食動物も引き寄せてしまう。そのため、屍肉に寄ってきたほかの動物との競争に勝って食糧を得る必要性から、人類のコミュニケーションが発展していったという説には少なくない信ぴょう性がある。つまり、対峙的屍肉食への適応から言語が信頼と協力を作り上げるためのツールとして生み出された可能性が、そこには見られるのである。

「信頼」を考えるのにしばしば用いられる囚人のジレンマゲームだが、これは合理的に考えると証言するほうが賢いゲームだ。相手が協力するか否かにかかわらず、自分は協力しないほうがはるかに得できる。だが、繰り返し囚人のジレンマゲームでは、過去のゲームの結果を記憶し意思決定に活用するため、合理解は一つに定まらない。この繰り返し囚人のジレンマゲームで戦略を募り、それらを戦わせて合計点を競ったアクセルロッドの大会ではTit for tat戦略が優勝した。これは、一回目はまず協力し、二回目以降は前回の相手と同じことをするという戦略だった。面白いことに、この戦略に限らず上位に食い込んだ戦略は三つの性質――礼儀正しい(最初は裏切らない)、裏切りを許さない、相手が協力してきたら許しす――を持っていたという。

いかにして協力関係を生み出していくかということに関して、罰を与えるという方策がある。罰を与えることで自分が損をする利他的罰は、理論上は誰もやりたがらないように思えるが、実際のデータでは逆に罰を与えたがろうとする。井原先生は共有財ゲームなどや4枚カード問題を通して、実は人間の社会はこうした生得的欲求によって社会を形作っているのではないかと説明する。対峙性屍肉食によって培われた協力的社会においては信頼への裏切りが有利になりやすい。だからこそ、裏切りの侵入に対する心理的・社会的防御が人類進化において発達してきたのではないか。そうして、この協力社会を存続させるために利他的罰を与えたがるといった欲求が人類に残っているのではないかというのである。

繰り返し囚人のジレンマゲームや共有財ゲームなどを挟んだ参加型の授業は、終始活発な意見交換が交わされた。実際のゲームを通じて、各人が進化の環境によって育まれてきた人間性という観点から信頼の概念を考えることができたのではないだろうか。

(文責:朱宮)

コメント(最新2件 / 20)

youcan19    reply

4枚カード問題の例で、数学的な題材よりも飲酒という身近な題材のほうが論理的構造が同じでも正答率が高いという実験結果から、人間は社会契約に反するものに敏感であると推測できるということが興味深かった。信頼に基づく協力的社会を自ら作り出し、さらにそれに適応することで進化してきた(ニッチ構築)ため、信頼を裏切る行為である社会契約違反に敏感であり厳しい目を向けることは当たり前のことであるようだが、これは人間が他者を信頼することができるからこそであり、そもそも信頼をしない他の動物などの生活では起こり得ないというのは盲点であった。一方、人間と飼い犬の間などには一種の信頼が成り立っているようにも思える(餌やりをおとなしく待つなど)。これは信頼と呼べるのか、呼べるとしたら人間同士の信頼とは異なるのか疑問に思った。

satoshi31    reply

人間とチンパンジーとの差は分配されるという信頼のもと協力することができるという点にある。チンパンジーの世界では、分配されず強い個体が利益を独占したり、協力しているように見えて実際は己の利益のために動いているだけであるといったことしか存在しないが、人間の世界では協力して利益を得て、利益が分配されるということがみられる。人間の世界では、裏切りが有利である場合が多く、人々は裏切りに対する罰を用意することで信頼・協力関係を保っている。信頼というものに裏切りに対しては厳しいという条件が付いていることで、人間社会において信頼がうまく機能しているのだなと感じた。無条件の信頼は完ぺきではないのだと思うと少し悲しくなった。

lyu39    reply

また囚人のジレンマとそこから派生した話がメインだったのだが、実際にそのようなゲームのプレイヤーになってみて、新しい実感が得られた気がする。先生が紹介してくださった実験を見て、意外とチンパンジーが個人主義的な、合理的選択を行うということが分かり、人間の特殊性というのは、このような一時的な自己利益を超えてより長期的な視点からほかの個体と信頼関係を築き長らく付き合う傾向にあるかもしれないということにも納得がいった。

baya0903    reply

繰り返し囚人のジレンマゲームというモデルは、一種の功利主義的モデルとしては有効であると思いました。しかし、功利主義モデルであるが故に、行き詰まりを孕むともいえるのではないでしょうか。すなわち、定量的な利得の最大化を図るモデルから、「普遍」的倫理指針を導出するということは、結果的にはトロッコ問題に直面し、超時間・空間的利得の尺度では勘定し得ない、個別具体的局面における権力関係の問題に直面せざるのではないでしょうか(私があえて常にDとする戦略を提示したのはそのためです)。現実にはゲームに参加する主体の特徴として、個々の主体の「独我」性と、主体間の「非対称」性が存在するため、功利主義的モデルに訴えること自体が、社会的弱者に対する抑圧の権力性を露呈しうるのではないでしょうか。

tanyn0580    reply

今回は一方的な講義だけではなく、実際に様々なゲームもやってみることができて楽しい講義になった。
ただし、なぜ信頼だと考えると囚人のゲームが必ず出てくるのであろうかと思った。他の信頼関係や社会・人間関係を示すゲームはあるのであろうか。例えばボードゲームも人間の価値観や考え方を反映するものがあるのではないか。それとも囚人のゲームと同じほど分かりやすく、幅広く用いられるゲームを作ることが可能なのであろうか。
また、「礼儀正しい」とはゲームで勝つのに大事なポイントであり、実際の人間社会にも重視されていると井原先生がおっしゃった。そうだとすれば、どんな国または社会であっても何が礼儀なのかということは割と共通しているかもしれないと思った。

Suzu0705    reply

繰り返し囚人のジレンマゲームでは、①自分から先に裏切ることはない(礼儀正しい)、②裏切りを許さない(報復的)、③裏切られたことを根に持たないの3つの条件がよい戦略であるとされた。そしてこの条件は、社会で生きていく際にも指針となるものであることが示された。考えてみると、確かに自分の周囲でリーダーシップを発揮している人は、このような資質を備えているように感じられる。自ら率先して仕事を引き受けるが、他のメンバーが仕事をサボることは許さず、しかし一度他のメンバーがサボったり仕事でミスをしても、それを悔いて同じ過ちを繰り返さなければ過去のことは水に流す。このような人物は理想的なリーダーに近く、ひいては他人から「信頼される」のではないかと思われる。一見ただのゲームに見えるが、その中にはこの講義のテーマである「信頼」のエッセンスが隠されていることを知った。

kfm1357    reply

人類学とゲーム理論の2方向から、協力や信頼を考察していくのは非常に興味深いものでした。まず、人類学的な見地からは、発掘調査に基づき推論を導いていきます。具体的には、脳容量の推測です。類人猿と比較して、どの時代に脳容量が拡大したのか、それに伴い生じるメリット・デメリットは検討すると、人類はエネルギー消費を増やすことをいとわず、認知能力の向上を、進化の過程で選択したという推論が可能です。この段階で、人類は他者との協力の比重が高まったのであり、またコミュニケーションのため言語も発達していくという進化の過程をたどったとみられます。これこそが、人類と他の動物との決定的な違いとなります。また、ゲーム理論の観点では、アクセルロッドの繰り返し囚人のジレンマゲームを例に、比較的、有効な戦略が(1)礼儀正しい、(2)裏切りを許さない、(3)根にもたない、という3つの特徴が含まれることが、考察されました。これは、初期人類が主に食糧確保を重視する協力社会で、必須の様相です。以上のような人類の進化とゲーム理論の関係性が、単なる偶然の産物なのか、はたまた、密接な相関や因果・論理関係にあるものなのか、疑問に感じました。

吉村龍平 RY9248    reply

囚人のジレンマゲームで点数を伸ばした作戦に共通するのは、「必ず報復する」、「自分から裏切らない」、「根にもたない」という3つだというお話がありました。はじめの2つに関しては一般社会においても納得のいくものですが、「根にもたない」は今の社会ではなかなか受け入れられない考え方だと思いました。具体的に、犯罪歴のある人を堂々と社会復帰させるかどうかなどは、囚人のジレンマゲームの理論に当てはめて考える価値はあると感じました。

ryo7a    reply

複数回繰り返される「囚人のジレンマ」のお話。とはいえ今回はいくつかのお話の中の一つという位置づけであるから問題ないのかもしれないが、最低限ほかの講師の話と調整はしていいように思われる。それはさておき、知性と社会化(信頼)の順番に対して疑義を呈するという思想は非常に興味深い物であったが、それに対しての証拠のお話も掘り下げてほしかった。

chihi0315    reply

実際に行われたシュミレーションゲームの説明や、囚人のジレンマゲームの説明など、わかりやすく面白かった。またゲームを実際にやってみたことはなかったので、実践できたことはとても楽しかったし、理論だけでなく、現実で起こりうるリアルな試行の結果が得られてより興味深かった。

phu884    reply

囚人のジレンマゲームを繰り返し行うと、社会の成員の最も合理的な選択として、自分からは裏切らない、裏切りを許さない、常に報復は続けないというものが導かれるという事や、公共財ゲームを通じての、我々の社会は罰を重くする傾向にあるという考察は、我々の社会の特徴と合致しており面白いと思いました。
また、上の例で両者とも、他者の協力関係やその発展としての「裏切り」を前提にしているという点も人間社会独自の法則性や信頼関係が根底にあるように見受けられ、興味深いと思いました。

yka710    reply

人類の進化と信頼という標題を見たときに、前回鄭教授がお話しになった道徳の適用範囲の話を思い出したが、本講義は人間の信頼と協力が表裏一体で発達してきたこと、その環境に適応すべく人間が裏切りに対する心理的防御を進化させてきたことに主眼を置くものであった。とはいえ、単に群れを成すだけではなく、集団行動をより高度化するために言語が独自の発達を見せたという点は、過去形や三人称といったその言語的特徴が人間と他の動物を決定的に分かつものであるという前回得た知見に繋がるものである。今回の講義を受けて考えさせられたのは、協力しなければ生き延びることができなかった原始時代と、現代の人間を取り巻く状況には大きな変化が生じており、生が個別化してきているのではないか、ということだ。換言すれば"we-ness"を感じる対象が極端に縮小しているとも言える。もちろん、税金や社会福祉といった制度は人々の協力の上に成り立つ仕組みだが、それらは食料を確保すると言う本能的欲求を満たすための協力よりもずっと見えづらい。今後この傾向が強まった時、協力の減縮と共に、裏切りに対する遺伝子的にプレインストールされた心理的防御も減縮していくのだろうか。しかし、仮に生存における裏切りの嫌悪の必要性が弱体化しても、人間には生を営む中で制度に適応していくという面もある。また、子供の頃から言葉によって繰り返し協力の必要性を教えられることで、その価値観を内在化していく。遥か昔に人間が独自に発達された信頼という心の働きが、今日の我々に変わらず備わっているのは、制度や言語といった装置が協力という生き方を継承してきたからなのではないかと思う。

sanryo1335    reply

進化学と信頼は一見結びつきにくいテーマと感じていましたが、利他行動という切り口で見ると、むしろこれまでの講義の中でも特に信頼と関係の深い内容となり、分野を越える新しい視点が得られました。前学期に進化心理学の授業を受け、利他行動なども学んでいたため、繰り返し囚人のジレンマゲームのTfT戦略、2次のフリーライダー、4枚カードゲームにおける社会契約など、多くの内容は既習で、新しい知識はあまりなかったです。しかし、デモンストレーションは新鮮で、実際の社会にも適用可能な理論があることを実感できたと思います。また、先生の専門は人類学ということで、進化心理学のときとは詳しく扱う内容が若干異なり、分野による見方の違いも垣間見えたと思います。特に、囚人のジレンマ、公共財ゲームなどの戦略を具体的な数値のモデルで考えるような方法にはこれまであまり注目したことがなく、人類進化をそういった方法で考察するのは興味深かったです。

Tsyun94    reply

今回の授業は前半で囚人のジレンマを題材にお話しされていましたが、何回か前にも同じように囚人のジレンマについて述べていただいた回もあり、その時よりも深く発展した内容を語ってくださりとてもおもしいろかったです。自分はこれまで囚人のジレンマなどの理論というのは理論に完結してしまっているような気がして、面白くないなと思っていましたが、その理論を深掘りし何かに応用する考えとして成立するとこうも面白いのだとわかりました。ありがとうございました。

yuto0813    reply

人類の進化が「信頼」によって可能となってきたという視点はとてもおもしろく、勉強になった。実際にどのようなゲーム理論のルールが強いかを考え、実社会でよいとされているような結果になったのはおもしろかった。これから、人との「信頼」をさらに重要視していこうと思える有意義な講義だった。

shiori0310    reply

人類の進化の過程という視点で信頼について考えるということが非常に新しく、興味深いと思った。人間のみが言葉を話しお互いに高度なコミュニケーションをとることによって、文明を発達させることができた。その過程において信頼とはどのような役割を果たしてきたのかを考えると、やはり必要不可欠なものであったことは自明である。今日に至るまでの非常に高度な文明社会は、1人の人間によって作られたものではなく、幾人もの人々が何世紀にもわたって協力してきたことで成り立っている。この協力とは、信頼がないと成り立たない行為であり、人間特有のものであると言えるのではないだろうか。

Satoshi3104    reply

今回は人類の進化と信頼とを関連付けて考えるという内容で非常に興味深かった。自分の中で今までにない考察をすることができてよかった。信頼とは人間のコミュニケーションに欠かすことのできない要素であり、信頼なしに人間文明というのは成り立たないのだということを再確認できた。

martian5    reply

 貴重なご講義ありがとうございました。
 講義内で行なったアクセルロッドのゲームですが、人間が相手の行動を一回一回観察してから次の手順を考える点で、その都度性を帯びた考え方をするのに対し、アルゴリズムを考える際は全て自動的に一義的に手順がきまってしまうので、そこの差異を意識せねばならないと感じました。
 また考察を深めたいと思います。

pulpo10.    reply

先日は為になる授業をありがとうございました。

繰り返し囚人のジレンマゲームの実践は初めてやりましたが、面白かったです。

shooji68    reply

大変ためになる講義ありがとうございます。
実際にゲームを通じて先生のお考えを体感することが出来ました。

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