ディシプリン(学問領域)に
とらわれない思考を身につけたい

第2回 03月08日 小林彰子

日本人の健康と食

近年日本は少子高齢化社会を迎え、老人医療費および介護医療費が増大し国家の財政を圧迫しています。医療費を削減する対策の1つとして注目されているのが食の機能性を利用した健康寿命の延長です。健康寿命とは、日常的・継続的な医療・介護に依存しないで、自分の心身で生命維持し、自立した生活ができる生存期間のことを指します。現在日本人の健康寿命と平均寿命の差は、男性は9.02年、女性は12.40年で、健康寿命を延ばしいかにこの差を縮めるかが重要です。具体的には、がん、脳卒中、高血圧、糖尿病などの生活習慣病や、高齢化に伴う認知症や寝たきりを、発症前に薬や介護の力を借りることなく食の機能性を利用することにより予防するという考え方です。この様な食の機能性研究、「機能性食品」という概念は日本が提唱した分野です。本講義では日本における食の機能性研究について、これまでの経緯と現状、さらに演者が現在取り組んでいる食による認知症予防効果について講演します。

講師紹介

小林彰子
東京大学大学院農学生命科学研究科(農学部)准教授。研究テーマ1.栄養食品成分の吸収・代謝・分布・排泄機構の解明2.体内動態を介した食品成分の相互作用の解明3.栄養食品成分の新たな吸収・排泄トランスポーターの探索4.認知症予防効果をもつポリフェノールの体内動態および機能発現に関する研究
授業風景

第二回第一講「日本人の健康と食」(2018年3月8日)

今回は農学生命科学研究科食の安全研究センターの小林彰子准教授を迎え、「日本人の健康と食」についてご講義をいただきました。二日間にわたり、食と健康、とりわけ食品によるアルツハイマー病遅延効果について詳細な研究紹介をしていただきました。

小林先生の研究室は主にリスク制御科学、すなわち食品の機能性および安全性についての研究をしている。今回、紹介してくださったのはポリフェノールによる認知症予防・改善効果の研究である。

1992年、フランスの科学者により、「乳脂肪や動物性脂肪を大量に摂取しているが、フランス人は他の西欧諸国よりも心臓病の死亡率が低い」という「フレンチパラドックス」説が提起された。これは、フランス人が日常的に飲んでいる赤ワインに含まれるポリフェノールに抗酸化作用があるためだと推測されている。それ以来、プリフェノールが注目されるようになった。2000年頃から、世界で空前の抗酸化ブームになり、体内における酸化反応は、老化や疾病の原因となり、抗酸化成分を日常的に多く摂取することで老化や疾病を予防できると考えられている。当時まだ博士課程の学生だった小林先生は新規の抗酸化力の高いポリフェノールの発見をテーマとして研究を進めていた。結果、長寿県と知られていた沖縄県の植物イリオモテクマタケランの葉から8種の新規化合物を単離し、天然の抗酸化活性成分を発見し、博士論文を完成した。一方、実験で証明できた抗酸化活性は体の中でも発揮するのか?抗酸化成分は本当に生体内で抗酸化能によって老化や疾病を予防するのか?どのような形でどれだけ吸収されるのか?など、ポリフェノールの機能性について疑問を持つようになった。それが現在の食品(ポリフェノール)によるアルツハイマー病(AD)遅延効果の研究にもつながっている。

周知のように、日本は現在、超高齢社会を迎えている。医療の発達に伴い、人の平均寿命が伸びて行く一方、出生数は現象の一途をたどっている。世界有数の長寿国ではあるが、健康寿命と平均寿命の差が深刻な課題となっている。健康寿命とは介護など必要がなく健康状の問題がない状態で日常生活を送れる時間である。現在、日本人の健康寿命と平均寿命の差は約10年がある。高齢者の寝たきりになる原因のなか、認知症は脳血管疾患に続く第2位である。2012年のデータによると、65歳以上の4人に1人が認知症であり、その数値が今後さらに増加すると予測されている。そのような認知症の大半(55%)を占めるのがアルツハイマー病である。残念なことに、アルツハイマー病について原因はいまだに解明されていない。認知障害が起こる20年ほど前から脳内変化がすでに生じるが、自覚症状がないため、治療の難関の一つとなっている。現在の治療薬は障害が起こってから進行を遅らせることしかできないため、新たな抗AD戦略が求められている。

小林先生のご研究はこようなの需要に応え、これまでの治療法と違うアルツハイマー病の予防に関するものである。日中ともに「医食同源」という昔から伝わる言葉がある。食の力で病気を未然に防ぐことが期待できる。認知症の早期発見と予防を目指す金沢大学との共同研究で、認知症機能低下リスクが緑茶を毎日1杯以上飲む群では約1/3に減少することがわかった。

食品成分の中で、ポリフェノールがADを予防するのではないかということがすでに報告されている。現在AD発症メカニズムに関する諸説のなか、アミロイドβの蓄積凝集により発症するアミロイド仮説が最も重要かつ治療のターゲットになるといわれている。共同研究先のグループではアミロイドβタンパクを用いたin vitroの系でのスクリーニングを行い、シソ科ハーブに含まれるロスマリン酸が強い抑制を示すことを見出した。しかし、ロスマシン酸は脳内に到達して効いているか?経口摂取ポリフェノールは吸収されにくいことがすでに知られている。脳の場合、血液脳関門(BBB)の存在によりさらに吸収されにくいのである。動物実験を通して、ロスマリン酸は血中に到達するが脳に到達しにくいことが明らかになり、逆に脳に到達しにくくても効果を発揮する可能性が浮かび上がった。これにより、直接的なAβ凝集抑制以外にもロスマリン酸にはまだ知られていない生理作用があるという可能性が考えられる。それを解明するために、ニュートリゲノミクスを用いたロスマリン酸のメカニズム解析を行った。詳細は第二講で紹介する。

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