ディシプリン(学問領域)に
とらわれない思考を身につけたい

第4回 03月14日 新蔵礼子

免疫から見る異物とは?

「異物」とは、何かの基準について異物であるかどうかを判断するものだと考える。私たちのからだを守っている「免疫」から異物は何なのか?というのは未解決の課題である。教科書に記載されている「自己」と「非自己」=「異物」を区別するのが免疫ではない、ことを考察する。

講師紹介

新蔵礼子
国立大学法人東京大学定量生命科学研究所 免疫・感染制御研究分野 教授 学歴 1986 京都大学医学部医学科卒業1992 京都大学大学院医学研究科外科系専攻入学1996 同上修了、京都大学医学博士取得 職略歴 1986~1992 京都大学附属病院他で、麻酔科医として病院勤務 1992~1999 京都大学大学院医学研究科分子生物学(本庶佑教授)の大学院生・研修員として日本で発見されたalymphoplasiaマウスの解析と変異遺伝子の同定を行った。 (Shinkura R et al. Nat. Genetics 1999 他) 1999~2002 Harvard Medical School, Children’s Hospital (F. Alt 教授) HHMI Research Associateとして、抗体遺伝子のクラススイッチ機構の解明を行った。(Shinkura R et al. Nat. Immunol. 2003他) 2003~2010 京都大学 大学院医学研究科 分子生物学および寄附講座免疫ゲノム医学(本庶佑教授)の助手、講師、准教授として、抗体遺伝子編集酵素AIDの研究と体細胞突然変異の機構の解明を行った。(Shinkura R et al. Nat. Immunol. 2004, Wei & Shinkura R et al. Nat. Immunol. 2011他) 2010~2018 長浜バイオ大学 バイオサイエンス学部 生体応答学教授として腸管 IgA 抗体による腸内細菌制御機構の解明を行った。研究成果を特許出願(日本 特許第5916946号、米国US9,765,151モノクローナルIgA抗体の製造方法)し、日本・米国で成立。 2018-2019 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科 応用免疫学教授として、IgA抗体医薬開発に向けた研究 (Okai, et al. Nat. Microbiology. 2016)や、アレルギー治療薬の特許出願 (特願2016-160573免疫調節剤)を行なった。 2017 ~現在 東京大学 定量生命科学研究所(旧分子細胞生物学研究所)免疫・感染制御研究分野教授として、腸管IgA抗体による腸内細菌制御機構の解明、および選択的IgAクラススイッチ誘導によるアレルギーの根本治療薬の開発に従事。IgA抗体の特許出願(海外を含めて16件)を行った。 2022 IgA抗体開発のためのベンチャー・イグアルファン株式会社の発起人となり、設立後は技術顧問として研究成果についての情報提供を行っている。 2023 幅広い分野のIgA抗体に関する研究成果を同一のプラットフォームで議論して推進するために、「IgA抗体医療学会」を設立した。
授業風景

新藏先生の授業には、仙林キャンパスに在籍する文理を問わない学生約80人が参加した。授業前には授業への期待と緊張が交錯して、教室には独特な雰囲気が漂ってい。しかし、ひとたび授業が始まると、先生の優しい語り口によって教室も和やかな雰囲気に変わり、学生たちも肩の力を抜いて授業を受けることができていた。

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1日目は、先生の研究するw27IgA抗体をはじめとする免疫のメカニズムと、開発中の薬の効果を中心に話が進められた。また、コロナウイルスのmRNAワクチンの限界についても免疫学的説明があり、うがいや手洗いといった習慣の必要性が紹介された。

免疫という分野は難解で医学部生でも勉強に苦戦すると言われているが、受講生の半数を文系の学生が占めていたにもかかわらず、先生の簡潔でわかりやすい説明によって、教室では常にメモをとるパソコンのタイプ音が響き、すべての学生が授業に集中している姿が見てとれた。

2日目は、1日目の授業のリアクションペーパーに寄せられた多くの質問への回答から始められた。

まず、先生の開発する治療薬が製薬業界に与えるインパクトについての質問に対しては、症状のみを対処するような薬から、今後は東洋医学における漢方のように、全体のバランスを整え根本的解決につながるような薬に、製薬界全体が移行していく可能性があると述べていた。

なぜ、より結合力の強い抗体であるIgM抗体ではなく、IgA抗体の薬を作ろうとしたのかについて問うものもあった。これについて先生は、鋭い質問であると述べた上で、IgM抗体はすぐに凝集して沈殿してしまうことと、腸においては90%ほどがIgA抗体であることを踏まえて、IgA抗体の方を用いて薬にすることを決めたと回答していた。

また、腸の病気は致死率の高い癌等の病気と異なり、治験のボランティアが探しづらいのではないかという、製薬業界を熟知していなくては出せないような質問もあった。これについて、先生はディフィシル腸炎のように致死率が高く、良い治療薬がない病気があることを指摘した一方で、このような質問が出ることに感心されていた。

上に挙げたものを含め質問はすべてレベルが高く、学生たちの授業の理解度の高さを反映していた。

質問への回答の後には、研究室における成果やIgA抗体を用いた治療薬の有効性についての紹介に加えて、腸内細菌と免疫とが密接に関連しているとして、それを踏まえて心がけるべき食生活についてもお話があった。

まず、伝統発酵食などに含まれる乳酸菌は腸内に良い影響をもたらす。ぬか漬けやキムチ、ザワークラウトなどは乳酸菌を豊富に含み、良い腸内細菌を育てるのだという。一方、ヨーグルト等に使われている乳化剤やダイエットコーラなどに使われる人工甘味料、そして赤身肉などといった食材は、腸内細菌の影響で肥満や糖尿病、動脈硬化などのリスクを高める可能性があることがNature誌などでも報告されているとした。

これらは直感や常識に反する内容であり、学生たちは、驚きながらも興味を持って授業を聞いているようだった。また、2日目でより場も和んでいたこともあり、学生たちが先生のちょっとした例え話にクスッと笑ったり、投げかけられた質問に対して大きくリアクションを返すこともよく見られた。

また、最後には先生が研究者を志したきっかけや研究への情熱についてもお話があった。その中で、特に人生のゴールを見失わないことが大切であるとして、学生たちを励ました。これらのメッセージは様々な経験を経てきた先生だからこそ、説得力があり、勉学に励む学生にとって非常に力強く、勇気を与えるものであった。

授業の最後には学生から挙手で質問もあり、授業後には数人が先生のもとへ研究についての質問やお話を伺いにいくなど、学生との活発な交流も見受けられた。

先生の開発するIgA抗体の治療薬は、症状への個別的な対処薬ではなく、体全体のバランスを整え、根本に取り組む点で、東洋医学の漢方に発想が共通する。先生の貢献により、西洋医学においては「異物」とみなされてきた東洋医学的発想も、受け入れの兆しが見られてきているのだ。東洋医学が身近な中国の学生にとっても、今回の授業は先生から学生に向けた力強いお言葉と相まって大変刺激的なものであったに違いない。

方子涵氏、王程杰氏、陳苗青氏、張千氏の4名は綿密な準備の上で授業に臨み同時通訳を担当してくれた。言語の壁を超えて先生の授業内容を学生たちに伝えることができたのは、彼らの助けがあったからこそである。最後に、ここで改めて感謝を述べたいと思う。(文責:TA吉田)

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