跳出思维框架

第13回 01月10日

自動運転車は社会に受け入れられるか

评价内容(最新2件 / 11)

Shintaro0610    reply

自動運転時の事故についての責任の所在は、以前からとても難しい問題だなと思っていた。しかし、講義内で扱われていたレベル分けにおいては、レベル3からシステム責任と案外割り切られていることに驚いた。しかし、柏キャンパスにおいては警備員が着いたり、それ以外のバスでもオペレーターが乗っていたりと、まだあまり人件費とかそういう面では自動運転の優位性が確立できていないように感じた。しかし、バス運転手のような高度な人材を必要としない意味では、進歩だと思った。
途中出てきた、茨城県境町のハイストリートが想像以上にハイストリートじゃなかったのもかなり面白かった。

achi003    reply

電車の自動運転はかなり実用化が進んでいる印象でしたが、他の車も通る公道を走る車を自動運転化するというのは思った以上に問題が山積みなのだと感じました。運転手の人手不足が問題になっている一方で、高齢者の免許返納の必要性も重視されるようになっているので、自動運転車が普及すれば運転手不足が解消された公共交通機関を使って高齢者が移動できるということで、さまざまな社会問題が解決されるとは思いますが、確かに年配の方になればなるほど自動運転に恐怖心を抱く人は増えそうだと私自身も感じました。また、田舎に行けば行くほど自動車がないと生活が成り立たないので、高齢者の免許返納も進みづらいと思いますが(私の祖母も、80を過ぎていますが車がないと生活できないため、なかなか免許返納に踏み切れないでいる様子です)、山道や狭い脇道などが多くなると、自動運転車の導入は遅れそうな印象を受けました。技術的・倫理的なさまざまな問題を克服した自動運転車の登場は気長に待つしかなさそうですが、もしそうした技術が開発されることになれば、私もぜひ積極的に利用したいです。

dadasaba2023    reply

自動運転の社会実装はそもそもなぜ行われようとしているのかということを実は全然考えたことがなかったと気づかされました。とりあえず発展させていくものなのかな程度にしか考えも及ばなかったので、高齢ドライバーによる事故の増加や運転手不足などが絡むと知った時には、人々の需要に応えたり人々に必要とされるであろうものは何かを見越して様々開発は進んでいくのかもしれないと思いました。結果的に子供用の自転車を轢いてしまうことになってしまったものの、車がすれ違うところでは止まらないようにプログラムでorを用いるというのが、そういう手があるのだなと個人的に思いました。自動運転車が事故を起こした時に誰が責任を取るかということが問題になるということは聞いたことがあったのですが、どれくらい事故を自動運転車が起こさなくなったら受け入れられるかというところに興味を持ちました。安全性がある程度証明されていっても自動運転車は受け入れ難いというところには結局なんか嫌だという感情が入っているからなのではないかと思いました。

so6man    reply

自動運転の必要性についてあまり考えたことがなかったのですが、今回ドライバーの不足ということを聞いてハッとしました。私も東京に引っ越してきてから、深夜に頼んだものが当日の昼に届く経験が何度かあり、その度に運送会社の負担を心配していました。最近よく見かけるのは「急がない便」など、運送量を減らす動きでしたが、自動運転が実用化されれば利便性を保ったままドライバー負担も軽減できるのかという気づきがありました。ですが、いずれはほとんど全ての運送が自動運転に取って代わられるとすると、今の社会からは、「かえってドライバーの仕事が無くなるのでは」という杞憂が生まれるような気がします。社会実装の際は、自動運転の車が走っている怖さよりかは、こういった「AIに仕事を奪われる論」に近い不安の方が大きくなるんじゃないか、と思いました。

k1t0k1t0    reply

自動運転がなぜ求められているのか、その上で今自動運転はどのような段階にあるのか、これからの世界について考える一端となりました。興味深い講義ありがとうございました。

ustubi23    reply

自動運転車について、そこで用いられている技術や、実用化に向けた取り組み、技術的課題などについて、平易な言葉による、とてもわかりやすい説明があり、工学に全く通じていない私も、自動運転車をめぐる状況の、基本的な概略が掴めた気分になりました。しかし、こうした充実した技術的話題の一方で、この講義で印象的だったのは、やはり自動運転車の実用に関わる、社会的、倫理的課題です。特に、自動運転車について、技術面での課題や、法的な責任の所在といった問題を抜きにして、直感的に「怖い」と感じる人がいるということは、もちろん深く考えなければならない話題であると同時に、直感が関わるがゆえに、どうアプローチするかが決めがたいことであると感じました。個人的には、人間の運転する車も十分に恐ろしいものだと思いつつも、人間のコントロール下にない、予測不能な振る舞いをする存在に対する恐怖というのは、自己の防衛のための、いわば本能的なものとも考えられ、それを何とかする、というのも限界があると感じています。それでも実用化を目指すとすれば、人が不安を感じにくい領域から徐々に使用範囲を広げていくとか、そうでなくても、何らかの媒体を通して広く自動運転車のイメージを流布し、少しでも抵抗を和らげていくということが考えられそうですが、これも程度の問題で、不安を完全になくすというのは不可能なのだと思います。

Ita4048    reply

 わたしは夏に自動車の免許合宿に行って自動車の運転にとても苦戦したため、自動運転の社会実装はとても喜ばしいことだと思う。また、わたしの祖父も歳をとって自動車の運転が難しくなり苦労していたので自動運転は意義あることだと思う。
 自動運転の実装にはまず技術が必要だと思う。わたしは柏市出身で自分の地元で自動運転の実証実験が行われていたことにはとても驚いた。また、法的整備も必要になってくると思われるが、なるべく早く自動運転が実装されるよう技術よりも先回りして法的整備が行われると良いと思った。

mitsudashinya2    reply

お話ありがとうございました。自動運転の実際の現在地を知ることができて興味深かったとともに、技術開発の倫理について考えるきっかけになりました。
1番印象に残った点は、自動運転車が結局のところ人間の運転行動の再現に軸足を置いているということでした。信号の認識や停発進など、機械が行うなら全く違う仕組みで運転を行うのかもしれないなどと勝手に想像していましたが、法的な問題や技術的な問題こそあれ、人間的な操作を技術で再現するというのはとても興味深いと思いました。その一方で、町全体のインフラと協調するようなシステムを構築して自動運転を行うという点では、生身の人間では不可能な作業が要求され、その点人間的ではないということを知って、その人間の運転手らしさとそうでない点がわりかし混在しているということも、面白いと思った点の一つです。
結局のところ、車という移動手段が人間のためのものである以上、自動運転車も人間の身体性と関連し続けるように思います。個人的な感覚としては、こうした車の身体性が維持され続ける限りは、まだ自動運転車に対してそこまで違和感は感じません(異物感、は感じるかもしれませんが)。問題は、レベル4以上の自動運転が実現し、レベル5に移行した時、そんなことが可能だとしたら流通するほとんど若しくはすべての自動車が自動運転車になる時ですが、そのときには、むしろ総体としての自動車運行を支えるインフラの方が問題となり、自動車の身体性が完全に失われるように思えます。そんな時に、交通手段としての自動車を自分の足として信頼できるか、という問題は、まだ先の話でしょうが、単に「自動運転は直観的に恐ろしい」というレベルとはまた違った恐ろしさを感じるように思いました。
面白い授業をありがとうございました。

yamori59    reply

まず、ほんの一部とはいえレベル4が実施されているということに驚かされた。それならレベル5の実現ももうすぐなのではないかと思ったが、まだいつ実現するかもわからないということで甘くないなと思った。自動運転の社会実装が促進されるべきかという議題においては、自動運転を怖がる人の存在が論点となった。学生はおそらく全員が促進されるべきという立場をとったが、これは自動運転の社会実装を目指す動きと共に成長してきたことで、抵抗が少ないということがあるのではないかと考えた。ただ恐怖を感じるということについても理解できるので、段階を踏んで安全性を示しながら社会実装するのが良いと考えられる。

marika0401    reply

 自動運転車の研究は、その目的として日本の大事な産業を守るためという政治的な問題も挙げられていたが、運転手不足や環境問題、収益性などの問題を解決できる、社会的な意義の大きい研究だと思う。しかし、実装の際に、倫理的な問題をクリアしなくてはいけないというのが面白いと思った。自動運転車の事故のリスクはこれからの研究で解決の道筋が見えているが、倫理的な問題の解決は難しいだろう。
 人間の他者はある程度思考回路が理解でき、本当の思考回路はわからなくても道路の上で知らない運転手を信じて横断歩道を渡ることができる。しかし、人間とAIとでは全く思考回路が異なるように思えて、信じることができない。AIが運転していることの怖さみたいなものはAIが何をどう考えて次にどんな行動を起こすのか、一般の人には全く想像できないためなんだと思う。自動運転車が技術的に可能であるかどうかと、社会に受け入れられるかどうかは違うんだろう。
 授業中でも話があったように、自動運転車への抵抗感は世代間で異なると思うが、今後、さまざまな要因で自動運転車の開発は進められていくと思う。自分にも強く関わってくる部分なので、この技術について少しでも詳しくなることができてよかった。

nezumi02    reply

 自動運転車についてなんとなく聞いたことはあっても、専門家の方の意見を直接聞く機会は初めてで、勉強になりました。
 授業最後の議論で話したように、社会実装は促進されるべきだというのが現代の多数派の意見だと多います。しかし、社会実装を実現するためには年配の方などの理解を得たり円滑性と安全性を両立する必要があったりと、今まで認識できていなかった問題点がたくさんあることがわかりました。私は文系なので、特にELSIの視点に興味を抱きました。技術の進歩だけでなく、そうした多数の視点からのアプローチが必要だということを改めて実感しました。

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