ディシプリン(学問領域)に
とらわれない思考を身につけたい

第3回 10月11日 森元庸介

ひとはなかなかアット・ホームでいられない(1)

今回、コメントは教室で書いてもらいました。

室生犀星は「ふるさとは遠きにありて思ふもの」と歌い、坂口安吾は「ふるさと」は「曠野を迷う」がごとき「暗黒の孤独」の経験にほかならないのだと喝破しました。ふるさとは、わたしがたしかにそこから生い育ったのでありながら、いまやそこにいない、という屈曲した意識をともなって現れざるをえないかのようです。この授業では上記の犀星、安吾の言葉からはじめ、ゴッホをめぐる哲学者(ハイデガー)と美術史家(シャピロ)の対決をつうじて近代を画する「故郷喪失」のありようを垣間見たのち、歴史をぐっとさかのぼって聖書の一節「わたくしたちの故郷は天国にあります」にキリスト教世界の「メランコリックな時間」(ルジャンドル)の由来をうかがいます。取り散らかった内容になるだろうことがわれながら危惧され、せめてひとつぐらいは軸を、と思って念頭に置くのはフロイトの「不気味なもの」の概念です。

講師紹介

森元庸介
1976年生。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。パリ西大学博士(哲学)。東京大学院総合文化研究科超域文化科学専攻准教授。思想史。共編著に『カタストロフからの哲学』(以文社、2015)。訳書にピエール・ルジャンドル『西洋をエンジン・テストする』(以文社、2013)、ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『ニンファ・モデルナ』(平凡社、2013)、ジャン=ピエール・デュピュイ『経済の未来』(以文社、2013)、ジャン=クロード・レーベンシュテイン『猫の音楽』(勁草書房、2014)など。
授業風景

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家をテーマとして定めているリレー式の講義で、今回森元先生は少し枠を広げて「故郷」について話をしてくださいました。

ここでの「故郷」は英語でのhomeから取っていて、「家」の意味合いもありますが、自分がいて落ち着ける、くつろげる場所をも意味しています。

ですが、誰もが故郷にいれば安らぎを得られるわけでも無く、これについての指摘も昔からありました。アメリカの社会学者のピーター・バーガーは故郷の喪失(homeless mind)が近代の性格の一つだと指摘しています。それは社会的な生活世界が複数化することから来ています。つまり人との関係がバラバラになってしまい、いろんな環境で人々は変化し、生まれ育った環境から追いやられて安住の地を失うということです。

ここで、先生が思う故郷の喪失といえるだろう例とケース挙げます。

その一つは、日本の戸籍の制度です。世界では「個人」ベースであるのに対し、日本では戸籍は「家」単位で構成されています。しかし戸籍はどこに置いても良く、祖父母の実家だったりと、制度的に記録されている本籍と自分が思っている故郷と違う場所だったりします。

人がどういう場所との関係を持っているのかを探るのに文学作品に注目しました。

小林秀雄は自分が生まれた地を知らず、故郷を失ったような不安を持っていることを作品であらわしています。

室生犀星は、詩で故郷とは生まれただけではなく、帰ろうと思ってみて初めて気付くことなのだ、と書いています。

太宰治は故郷の津軽について、一回離れてから分かる、しかし自分の故郷について書くと故郷から遠ざかってしまうとも書き残しています。

後藤明生は出身が北朝鮮、成長した場所が日本という特殊な背景を持っていて、生まれ育った場所が故郷だという認識を持てなかったのですが、そういう背景を持った人もいることを我々は忘れているのではないか、と先生は指摘します。

最後に、ハイデガーです。彼は人間の存在のあるなしについて考えることでもともといたより根源的な場所に立ち返ることを「故郷」と呼んでいます。また、芸術作品を「家から離れるもの」、故郷となじみの無いものであると書いています。

次回はハイデガーの芸術作品の考えに対してメイヤー・シャピロが何を突きつけたのか、故郷と関連して先生がお話してくれます。

コメント(1)

nagi5    reply

大変興味深い講義でした。
今回の講義の中で特に印象に残っているのは、「故郷は離れることで初めて故郷になる。」という内容のお話です。
私は大阪出身で、この春に大学進学とともに上京し、一人暮らしを始めました。それまで18年間、私は関西を離れたことはありませんでした。お盆に初めて帰省した時、私が生まれ育った大阪の街はちっとも変わっていないにも関わらず、なぜか街全体がどこか思い出色をしていると言いますか、温かく抱擁してくれる感じと言いますか、そんな印象を受けました。今回の講義を受けて、ふとその時の感覚を思い出し、「ああ、これが故郷というものなのか。大阪は私の故郷になったのか。」と思いました。
まさに今回の講義は、私自身の感覚とぴったり一致し、感慨深いものを覚えました。

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