ディシプリン(学問領域)に
とらわれない思考を身につけたい

第4回 10月18日 森元庸介

ひとはなかなかアット・ホームでいられない」(2)

今回、コメントは教室で書いてもらいました。

室生犀星は「ふるさとは遠きにありて思ふもの」と歌い、坂口安吾は「ふるさと」は「曠野を迷う」がごとき「暗黒の孤独」の経験にほかならないのだと喝破しました。ふるさとは、わたしがたしかにそこから生い育ったのでありながら、いまやそこにいない、という屈曲した意識をともなって現れざるをえないかのようです。この授業では上記の犀星、安吾の言葉からはじめ、ゴッホをめぐる哲学者(ハイデガー)と美術史家(シャピロ)の対決をつうじて近代を画する「故郷喪失」のありようを垣間見たのち、歴史をぐっとさかのぼって聖書の一節「わたくしたちの故郷は天国にあります」にキリスト教世界の「メランコリックな時間」(ルジャンドル)の由来をうかがいます。取り散らかった内容になるだろうことがわれながら危惧され、せめてひとつぐらいは軸を、と思って念頭に置くのはフロイトの「不気味なもの」の概念です。

講師紹介

森元庸介
1976年生。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。パリ西大学博士(哲学)。東京大学院総合文化研究科超域文化科学専攻准教授。思想史。共編著に『カタストロフからの哲学』(以文社、2015)。訳書にピエール・ルジャンドル『西洋をエンジン・テストする』(以文社、2013)、ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『ニンファ・モデルナ』(平凡社、2013)、ジャン=ピエール・デュピュイ『経済の未来』(以文社、2013)、ジャン=クロード・レーベンシュテイン『猫の音楽』(勁草書房、2014)など。
授業風景

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前回ハイデガーがゴッホの作品から感じ取った芸術作品の意味について講義があったが、それに続いて、今回はハイデガーのメイヤー・シャピローとの応答、そしてそこからフロイトの精神分析にどのように繋がり、「家」と結びつけるのかをお話ししてくれます。

まず、ハイデガーにとって芸術作品の使命とは真理を表すため、作品が描いているものの存在を考えさせるためにあります。そして「存在していること」について考えるのが人間の本来の姿であり、それを失った人は故郷喪失(Heimatlosigkeit)の堕落した状態にあると言います。その例にゴッホの絵の「靴」を挙げていますが、靴しか描かれていない絵を、ハイデガーは突然のように「農婦靴」として述べています。

そこで、メイヤー・シャピローはハイデガーに問います。ゴッホの「靴」の絵をどこで見て、本来一足の靴以外何も描かれていない絵が、何故それを「農婦の靴」だと言えるのかと。シャピロにとっては、絵は画家のものであり、それを農婦の靴と言いそこから物の存在やら本質やらについて語ったり、農婦の自然と仕事に対する関係を書くのは適切ではないし、ゴッホは都会の人なので都会の人の靴を描いている筈だ、と言っています。

ここでは、その絵が与える衝撃というものは、単純で本質的なものであり、ハイデガーにとっては人間と人間の関係が単純で密接な関係がある田舎の人の靴しかない、という見方ができます。

しかしここでジャック・デリダは、ハイデガーが「農婦」としたのは、いわゆるヨーロッパ人のファンタジズムの中で靴は女性器と例えられるからであり、ハイデガーは無意識にそれを想像して書いていたのではないか、と考えています。この考え方を念頭において、フロイトの精神分析を見てみましょう。

精神分析では、「不安」は感情が抑圧された時、抑圧されたものが解放されず回帰する時に生まれるものとしています。隠されたままであるべきなのに現れ出てきてしまった何ものかが不安を掻き立て、不気味な感情を生みます。ここでの不気味なもの(unheimlich)とは、ドイツ語で言うheimlich(英語のhome)の対義語であり、お家っぽくないものを指していて、フロイトの人間の理解の仕方においては、お家に無いものが不気味なものとされています。そして、精神分析を見る際には一つの知見として不気味なものには女性器も含まれていて、フロイトは不気味なものを考えている時に女性のセクシャリティも念頭にあったのではないか、というところに至ります。

家を故郷、故郷を人間の本来の姿と見るハイデガーから、ドイツ語の単語を用いて話を展開した今回の授業は、12/6(水)の原和之先生との対話に繋がる話でした。

コメント(1)

nagi5    reply

大変興味深い講義でした。
今回の講義の中で特に印象に残っているのは、ヨーロッパでは靴があるものに重ねて語られることがあるという内容のお話です。
正直とても衝撃を受けました。

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