ディシプリン(学問領域)に
とらわれない思考を身につけたい

第10回 12月06日 原和之、森元庸介

帰りたいのに帰れない/帰りたくないのに帰ってしまう 精神分析の家

講師紹介

原和之
東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻多元世界解析講座准教授。東京大学から同大学院で地域文化研究(フランス)。パリ第一大学、パリ第四大学で哲学を修める。パリ第四大学博士(哲学史)。電気通信大学 専任講師・助 教授を経て、2004年4月より東京大学大学院総合文化研究科助教授(准教授) (地域文化研究専攻)。著書に『ラカン 哲学空間のエクソダス』(講談社)など。

森元庸介
1976年生。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。パリ西大学博士(哲学)。東京大学院総合文化研究科超域文化科学専攻准教授。思想史。共編著に『カタストロフからの哲学』(以文社、2015)。訳書にピエール・ルジャンドル『西洋をエンジン・テストする』(以文社、2013)、ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『ニンファ・モデルナ』(平凡社、2013)、ジャン=ピエール・デュピュイ『経済の未来』(以文社、2013)、ジャン=クロード・レーベンシュテイン『猫の音楽』(勁草書房、2014)など。
授業風景

今回の講義は、原和之先生と森元庸介先生による、対談の形で行われました。テーマは「帰りたいのに帰れない/帰りたいのに帰ってしまう:精神分析の家」です。

フランスの20世紀の思想史にはフロイトの精神分析が大きく影響していて、本講義では、精神分析を通して不気味なものに対しての理解と、子供の精神の発達を分析する発達論、家族の中に育つ子供がどのように捉えられてきたのかを考えます。

精神分析に、家族は「イマーゴ」を産出する場所であるとしています。イマーゴについて、以下の3つの側面があるとまとめられます:

①手に入らない愛の対象

②自我に刻まれた他者のイメージ

③表に現れてこない、自分自身に発しているものなのに

①家は、子供が母に守られている場である一方、母の庇護から徐々に、色んな形で弾き出される場にもなります。子供は自分を守る母の姿が見えなくなると泣き出す、なぜなら母は子供にとっての愛の対象であるからです。そこで、母の不在の原因を考えようとする心の動きが生じ、母は自分と同じような存在と理解しますが、これは子供が考えうる方向は自分に似せることしかまだできないからです。「イマーゴ」とは、子供の失われた愛の対象のイメージで、母に似ている他者(重要で欲望の対象になる誰か)と捉えます。このイメージの転移は子供が満たされなかったことで生じ、過去の満たしてくれた人の特徴の共通点が、全然違う人に重なって繰り返され、今の人間関係に持ち込まれます。精神分析に限ったものではなく一般的な現象で、精神分析ではそれを見えやすくしています。

②「私」の中には、①からあるようにさまざまな対象のイメージがあり、それらが重なって自我の形成に影響します。

③イマーゴは現実(母の不在)に直面するための媒体でもあります。現実で起きた不快なものが、繰り返し付き纏って離れないことがあります。戦争神経症(夢の中での怪我、負傷のフラッシュバック)はその1つで、災害時の状況を繰り返し夢見る状況は、危険を回避できない時に身を固める(身体の緊張)準備ができなかった経験があった時に生じやすいです。不安を予め予期できていればトラウマになるような経験を回避できた、この不安準備の反復を夢の中で繰り返し見ることになります。これは無意識で行なっていることなので、自分自身がやっているのに何故かよそよそしい、イマーゴはそんな側面も持っています。

イマーゴとデジャヴは違っていて、イマーゴは以前関わっていた人との関係が無意識に繰り返し現われることで、昔と同じだと気づいていない点でデジャヴとは異なる。また、「母」の役割が女性である必要も無く、これは同性愛に対する理解にも繋がります。

思い出したく無いけど思い出してしまうのが精神分析の「抑圧」です。境界が定まらないもの、家の中で身につけた、至るところで再現されてしまうもの、精神分析の家の中では「帰りたく無いけど帰ってしまう」ということが起こるのです。

コメント(最新2件 / 2)

mdk216    reply

なかなか難解な授業で、正直なところ一息で理解するというわけにはいかなかったのだが、なんとなく哲学がどのようなものか、かつての人がどう考えていたかということに触れられたのではないか、と思う。貴重な経験ができた。

nagi5    reply

大変興味深い講義でした。
原先生のお話の中には、「イマーゴ」と言った初めて聞く言葉や、初めて聞く考え方・概念が多く新鮮であり、私にとっては少し難しく感じました。

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