ディシプリン(学問領域)に
とらわれない思考を身につけたい

第11回 12月25日 猿渡 敏郎

まとわず魅せる魚の装い

魚類は多様性に富み、脊椎動物の半数を占めます。渓流から深海まで出現し、生態も様々です。さらに、魚は人類にとって貴重な動物性蛋白源です。そんな魚が、弱肉強食の自然界で生き抜き次世代を残すために、どのような工夫をしているのでしょうか?!何もまとわない魚が、命と一生をかけて何をどのように「装い」生きているのか?魚と人とのかかわりを、研究する意義も含めて紹介します。

講師紹介

猿渡 敏郎
東京大学大気海洋研究所 助教。研究のキーワードは、「喰える雑魚の研究」。魚は水産資源という視点から、食べておいしい深海魚の「メヒカリ(標準和名 アオメエソ)」、海のロマンを掻き立てる「シーラカンス」、深海魚のスーパースター、「チョウチンアンコウ」など、魚を案内役に人を海へと誘う研究を色々としています。
授業風景

2024年度学術フロンティア講義第11回では、12月25日に東京大学大気海洋研究所助教の猿渡敏郎先生をお迎えし、魚類学の観点から魚と人との関わりについて講義をしていただいた。

先生によると、地球上のほとんどの水域には魚が生息しており、その生息範囲は北極・南極から珊瑚礁、高山帯の渓流域、さらには水深1万メートルの深海域にまで及ぶ。また、魚の生態は非常に多様で、淡水域に生息するもの、海水域に生息するもの、さらには両方を行き来するものも存在している。その中で、先生が主に研究対象としているのは「食べられる雑魚」、すなわち人間の活動と何らかの関わりがある魚である。

授業の初めには、先生が自ら撮影した標本写真を紹介してくださり、魚の種類についてのクイズを考えながら、「数を装う」魚の種類の豊富さを実感した。現在、世界には約35,700種の魚が存在し、日本にはそのうち4,748種が記録されている。この数は、同じ緯度に位置するニュージーランドの1,250種と比べても多く、日本の多様な生育環境、特にサンゴ礁がその要因だ。また驚くべきことに、チョウチンアンコウという(一見それほど種類が多いとも思われない)深海魚だけで、なんと166種が記録されている。こうした数字の情報だけを見ても、海の中にはまだ知られざる世界が広がっていることを感じさせられる。

では、こうした魚の種類はどのように発見・記録されてきたのか。ある魚が「新種」とされるのは、それが既知種と同種ではないと判断されたということである。こうした未記載種は論文として発表された瞬間、それは新種として記録されることになる。実際、日本に身近な魚、例えばサンマやイトウも、ペリーの黒船による報告書で初めて新種として記載された経緯がある。つまり、「新種が発見された」ということは「新しい魚が海で誕生した」というよりはむしろ、「これまで記録されていなかった魚が科学的に確認された」という意味になる。

さてこうした魚は、人間にとってどういった存在なのであろうか。先生は問いかける。「デパ地下で、牛一頭、豚一匹、鶏一羽が売られているのをみたことある人いますか?」学生たちは誰も手を挙げない。それを見て先生は「ほとんどいないですよね。でも魚は一匹まるまる普通に売られています。魚屋はちょっとした博物館ですね」と述べられる。しかも塩焼きであれば、その魚は丸々食卓に残る。骨は食べられないから、われわれは箸で魚を解剖しながら食べる。こうして考えてみると、魚ほど直接的にわれわれの日常生活に関わっている生物はいないとさえ言えるかもしれない。さらに「こうした魚がどこからきたか」と考えるとき、われわれの意識は海に、ひいては地球環境そのものに向かうことになる。とすれば魚は、私たちと地球環境そのものとの関係を意識させてくれる、最良の道案内役になりうるのである。

そして以上のような、魚が生まれてから私たちの食卓に届くまでの流れ、すなわち水産業全体を研究する分野が「水産学」である。生物には「生活史」があるが、農業や林業、畜産業ではこの生活史が人間の手によってすべて管理されるのに対し、水産業(特に養殖を除く多くの漁業)では、魚の生活史を人間がコントロールすることはできない。人間は自然界で生きる魚を「捕獲」するにとどまる。そのため、水産資源を適切に利用し、保存していくには、魚の生活史を解明することが不可欠である。こうした研究によって、水産学は石油や石炭といった再生不可能な資源とは異なる、「自己再生可能な資源を持続的に利用する可能性」を提供する役割を果たしているのである。

とはいえ魚の生活史は、いまだ多くの謎に包まれている。卵から孵化し、仔魚、稚魚へと成長し、餌を食べ始め、変態を経て成熟し、再び卵を産む。この過程で、一体いつ何を食べ、どこで生活しているのかといった基本的な生態が明らかになっていない種が、実際には圧倒的多数を占めているのだ。

特に先生が長年にわたり研究を続けているのが、メヒカリ(アオメエソ)である。研究を始めた当初、この魚は市場に流通していたものの、産卵の場所や時期、仔魚や稚魚の生態、さらには生殖に関する情報がほとんど解明されていなかった。そこで先生は、研究所の調査船を使って計4回の調査を行い、自ら海に出て網を引き、標本を採取した。また、揺れる船内に設けられた研究室では、研究に必要な標本とそうでないものを選り分ける「ソーティング」と呼ばれる作業も行った。この一連の作業は、非常に体力を要するものになる。

こうした地道な調査を通じて、アオメエソの生活史は少しずつ解明されてきた。たとえば、魚の年齢は、平衡感覚を司る耳石に1日1本形成される輪紋を数えることで推定可能である。また、アオメエソは幼魚期には表層域で生活し、成魚になると海底で生活するのだが、この「着底」の時期も、耳石の輪紋幅を調べることで推定可能であり、たとえば延岡では約90日、土佐湾では120日、茨城では150日かかることが明らかになった。これらの差異は黒潮の流れによっても説明できるという。

さらに、先生が長年研究を続けているもう一つの魚がチョウチンアンコウである。この研究のきっかけは、ある調査の際に、1匹のメスに8匹ものオスが寄生している個体を発見し、船上で大いに興奮した経験だったという。その後調査と分析を重ねた結果、「寄生したオスはメスに吸収されることなく成長を続けること」、「寄生するオス同士は血縁関係がないこと」など、さまざまな新たな知見が得られている。

そして授業の最後には、「夢を装う」と題し、シーラカンスやヨコヅナイワシなどの珍しい深海魚の調査について、先生の実体験を交えて紹介が行われた。

シーラカンスに関しては、現在生息が確認されているのはアフリカシーラカンスとインドネシアシーラカンスの2種類である。1938年に南アフリカで最初の個体が発見され、1998年にはインドネシアで2種類目となるインドネシアシーラカンスが確認された。ただし、この2種類は形態的に非常によく似ており、新種として認定されたのは主にDNA情報によるものである。そのため、「形態的にどこが異なるのか」を明らかにすることは、シーラカンス研究の進展や、違法取引の防止という観点からも重要な課題となっている。

そこで2017年、先生はインドネシアシーラカンスの標本調査を実施(詳細はこちら)。これは、現在までにわずか9個体しか存在しないインドネシアシーラカンスの7個体目の標本であり、現在はアクアマリンふくしまで展示されている(なお、2種類のシーラカンスが同時に展示されているのは世界でもアクアマリンふくしまのみ)。この調査では、体の部位を定規で測ったり、ヒレや鱗の数を数えたりするなど、非常に地道な作業が行われた。

また、ヨコヅナイワシの調査でも同様のアナログ作業が行われた。現在までに確認されている7個体のうちの1つで、全長約120cm、体重23kgにもなる大きな個体を対象に、頭から背鰭までの鱗の数を一枚ずつ数えるという作業が実施された。こうした地道な調査作業について語られると、講義の参加者からは驚きの声が上がっていた。

魚の研究と聞くと、理学部の動物学科を思い浮かべる人が多いかもしれないが、実際には水産学系の研究は農学部の水産学科で行うことができる。特に、水産学のフィールドワークでは、漁師との関係構築も重要な要素となり、こうした実践的な活動は他の学問分野には見られない魅力を持っている。

今回の講義を通じて、普段何気なく口にしている魚が、実はまだ多くの謎に包まれており、未知の世界と無限の可能性を秘めていることに、参加者全員が気づかされたように思う。「魚」の様々な姿、装いに関心を持たれた方は、ぜひ水産学科あるいは大気海洋研究所をチェックしてみてほしい。https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/index.html

(文責:TA田中/校閲:LAP事務局)

コメント(最新2件 / 14)

esf315    reply

ペリーの航海記で初めてサンマが学術的に記録されたことや揺れる船の中で研究作業をしていること、魚の誕生日がわかることなど、どれも本当におもしろい話ばかりで、とても楽しく聞いておりました。また魚の解剖は初めて見たのですが、つい映像に引き込まれてしまうほど興味を惹かれました。大英自然博物館標本珍鳥盗難事件読みます!

tahi2024    reply

チョウチンアンコウは頭の電灯が知識として先行していてなぜ光るのか、どういう場所に住んでいるのか、どのようにして繁殖しているのかを考えたこともなかったので、講義の内容はとても面白かったです。他にも、食卓に並んでいたり、あまりに身近であるためにその生態を真剣に考えたこともないような魚もいるのだろうと思い、海洋研究はとても興味深く感じました。ありがとうございました。

lapis07    reply

魚が装うというと鱗などを連想するが、そのような形あるものにとどまらず、様々な面での「装う」をお話しいただき大変興味深かった。魚類については基本的なこと(例えばライフスパンなど)が意外わかっていないということは知っていたが、今回、新種の発見などに関する先生のお話を聞いて想像よりも未知のことが多く、その分今でも多くの発見・進歩がある分野だとわかった。また、魚は丸々店頭で売られているがその他の家畜などではあり得ないことだ、というお話にはハッとさせられ、身近である魚についてもっと知りたいと思った。

kero1779    reply

授業のはじめに先生も仰っていましたがまずこの授業のテーマを見た時に思ったのはどう考えても魚は裸なのだから装うことはないだろうというものでした。しかし授業を受けてみると魚の装いにも多様な種類があることに驚きました。特に変態を装うのところが一番私の装うという言葉に対し抱くイメージに近かったのですが、親子関係がわかっている種が10%以下だけであるというくらいに装いによって大きく変化をするのだと驚き、私の抱いていたイメージを超えてきました。

kaki06    reply

特に上京してきてから、魚に触れる機会がぱったりなくなっていたので、すごく久しぶりに話題に触れて、なんだか新鮮な気持ちになりました。
水族館で魚を見ると、キラキラしたイメージが先行するし、マグロなどの大きな魚を見ても、食としてのイメージが先行してしまうけれども、それ以前に同じ生き物なんだ、という感覚を、授業を通じて久しぶりに感じた。魚も進化を通じて擬態したり敵から逃れたりできるように、装いながら工夫してきたのだなと思った。人間の、例えば会話の中で空気を読んで相手に合わせるような「装い」も、一種の生存に必要なスキルとして発達してきたものなのだと思うので、それでいうと、「装う」というテーマを通じて、他の生き物とも繋がっているのだなと思いました。

awe83    reply

魚は他の動物と違ってスーパーなどで1匹ずつ陳列される身近な生物であり、海を想起させ、すなわち地球の自然へと関心が向く、というお話でこんな風に魚を見たことはなかったなーと思った。魚類の生活史はよく知られていない種類の方が多いというのも意外だったが、調査の仕方がとても地道で骨折りの仕事なようでまだまだ開拓できるのも当然だと思った。なかなかニッチな分野で一つの目標のためにみんなで夢中になるのは結構青春だと思った。組織を液体窒素で凍らせるとか、自分の生活とはかけ離れていて学者ってすごいな~と改めて思わされた。

dohiharu1729    reply

深海魚というとあまり触れる機会がなく、触れていても食事として出てくる場合のみで実際活動している様子がどのような感じなのかは考えたこともありませんでしたが、意外にも深海というあまり多様性を生まなさそうな環境にも感じる場所でチョウチンアンコウのみでも100種以上いるという、生物の不思議を感じられました。これだけ地上では発展しているにも関わらずひとたび海底の話となると分かっていないことが山のようにあるのも、まだまだ研究の余地はたくさんあるんだなと海の神秘と人間の伸び代を思わされて面白かったです。僕はあまり生物学に詳しいわけではないのですが、今度家であんこう鍋でもしてみようかと思います。ご講義ありがとうございました。

highriv21    reply

自分の地元に近い蒲郡市に深海魚が生息しているということに驚いた。また、一般の人でも見た目だけで種類が判別できるように細かいところまで計測したり、鱗の数までも数えたりするのは根気のいるものだと感じた。今まで昆虫類は新種がよく見つかるという話はよく聞いており、種類が多いということは知っていたが、魚類も新種が多くおり、今でも生態がよくわからないという種類が多くいるということには驚いた。

att1re    reply

一連の講義群に「魚」の字を発見した折より,ヒトと魚類との「装い」にさて差異はありやなしやと思いをめぐらせていた節があった。水産学研究に対する先生の熱に言わばあてられてしまった部分もあるのだろうが,様様の興味深い生態を伺ううちに,装いとはそれぞれの生にとりかくも切実なのだということが諒解されてきた。縦ではなしに横に潰れた鮃や鰈が余計にあわれで切なく感じられてもくる。
それにしても「新種」という言葉遣いにはとりわけ注意を払いたい。

0524yuta    reply

今回の授業では、魚が自然界を生き抜くためにどのような工夫を行なっているのかを学んだ。これまでの授業に比べ理解しやすく素直に面白いと感じることができたが、それは装うという意味を原義に近い意味で扱っているからだと思う。魚に限らず多くの自然界に生きる生物は、何かを「装う」ことを生きる方法の一つとして取り入れている。高い知能を持った人間であれば、それらは何に機能しており(効果的で)なぜそれがあるかの理由づけを行うことができる。しかし魚をはじめその他の自然生物はそれを認識できている可能性はあるのか気になった(把握できていないだろうと思うが)。自然選択によってそれらの特徴(装い)は生じるわけであるが、あまりにも意図的であるかのような特徴ばかりであるため、自然の神秘には驚かされると思った。

ak10    reply

私はよく魚を捌き料理する動画を見ているため、今回お話になった魚のうちのいくつかをすでに知っていたがより詳しく説明されていたので興味深く感じた。特に仔魚は成長した姿と全く異なることもあり、どの魚の仔魚かわからないものがまだまだ多いという話はまだ魚類にはわからないことがたくさんあり、魚類の可能性を示していると感じわくわくする話だと思った。
また魚は人間の大事な食糧源であるため、魚類を研究することは人間生活に深い関わりのあることだと思った。乱獲などを避けてこれからも魚類と人間が良い関係を築いていくことが求められると感じた。

choshi70    reply

今回の講義には生物が好きだった少年時代の心をくすぐられた。僕の場合昆虫であったが、多種多様な生物の魅力に心を奪われていた時期のある人は少なくないのではないだろうか。
どの話題も興味深かったが、魚の生活史がまだまだ謎に包まれているというところ特には面白かった。ずっと都会に住んでいる私は例えば人の一生を考えた時、時間的な身体の変化のみを考えてしまう。しかし、人も含め、移動というのは植物以外の生物の生と切っても切り離せないものである。魚の場合、仔魚、稚魚などの段階ごとに種それぞれの移動パターンがあるのが面白い。広大の海でのその移動経路を突き止めようというのはなんとも骨の折れそうな研究である。アオメエソの耳石の輪紋(!)を使うなどと非常に緻密でもありつつ、実際に海に出て探索するという壮大さもある非常にロマンのある研究だと思った。私たちの生と魚の生とは繋がっているという話も重要だと思った。普段食べる魚の生活史くらいは調べてみたい。

ouin3173    reply

揺れる船の上で顕微鏡を使いサンプルを識別したり鱗の数を数えたり、地道で大変な作業のうえにさまざまな発見や分類が行われていること、そして稚魚分類学の分野で日本は先進国であり、世界でも評価されているということを初めて知った。またその時生息している海の水深によって木の年輪のように日々刻まれる模様が変化するので一生のなかで海をどのように垂直移動しているかがわかる種がある、ということを聞き、魚が環境によって細かく装いを変えるのは面白いと感じた。

XK04    reply

研究内容自体は興味深い点が多かったが、装いというテーマにどのように関連するのかを見出すことはできない内容に思われた

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