ディシプリン(学問領域)に
とらわれない思考を身につけたい

第9回 12月07日 瀧川晶

銀河物質循環と太陽系──私たちの原材料を辿る

銀河系の中では,星の一生と共に物質が形成,変質し,破壊され続けている.太陽とそれを取り巻く惑星系は,今から46億年前に誕生した.太陽系は銀河系にある幾多の恒星系のうちの一つであると同時に,我々にとっては特別な存在である.太陽系の原材料は一体何で,いつどこでできたのだろうか.私たちは何でできているのだろうか.鍵となるのは隕石などの地球外物質,そしていま銀河系にある星々だ.“物質“をキーワードにして,太陽系を外と中から考えてみる.

講師紹介

瀧川晶
東京大学 大学院理学系研究科 准教授.東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻博士課程修了.博士(理学).日本学術振興会特別研究員SPD,京都大学 白眉センター 特任助教を経て2020年より現職.専門は実験宇宙物理化学,宇宙鉱物学,銀河物質循環学.
授業風景

 第9回は、瀧川晶先生(理学系研究科)をお招きして、宇宙におけるミクロな物質の循環についてお話しいただいた。

 瀧川先生のご専門は宇宙鉱物学や実験宇宙物理化学であり、もともと専門ではなかった分野の手法も織りまぜながら、恒星のまわりの宇宙塵やガスを手がかりに銀河物質循環についてご研究されてきた。今回の講義では、宇宙という時間-空間スケールの大きな研究と地球にいきる私たちとのかかわりにも触れつつ、銀河における物質の循環と恒星の進化について、わかりやすくお話しいただいた。

 講義は、「わたしは何でできているのか」という問いからはじめられた。この問いには、もちろんさまざまな視点から答えることができるが、先生は「元素組成自体がわれわれの歴史を記録している」という。身体に着目する場合、その最小単位は元素である。わたしたちの身体は元素からできており、微量必須元素とよばれるものまでふくむ、多くの元素を必要としている。それでは、これらの元素はどこからやって来たのであろうか。

 答えは、太陽であるという。太陽が燃えている理由は、4つの水素から1つのヘリウムに変化する水素燃焼という化学反応によって熱が発生しているためである。この化学反応によって、まずは軽い元素であるヘリウムが作られる。その後、このヘリウムの化学反応や、そこからできた他の元素の化学反応が重なることによって、より重い元素が作られていく。これらの反応のもととなる水素そのものは、ビッグバンに由来するという。つまり、これらの元素から構成されているという意味において、「比喩でもなんでもなく私たちは星くず」であると、瀧川先生は強調された。

 銀河における物質は、星の進化過程と星間空間を循環している。まず、星間空間に散らばった宇宙塵やガスのあつまり(分子雲)から星が誕生し、惑星などを形成しながら膨張し、やがて年老いた星(赤色巨星)が死ぬとガスや塵を放出する。これらが、超新星などの他の星からの塵やガスと混ざりあうことで、ふたたび分子雲が形成されるというサイクルである。この銀河の物質循環は、銀河系が生まれて以来、すこしずつ変化しながらもつづいてきた普遍的な循環である。

 この循環について研究する場合、壮大な循環のなかから、まずは太陽系における惑星の誕生に焦点を絞って、その原材料を考えるという方法をとることができるという。惑星形成モデルにおいて、地球や木星、土星といった太陽系の惑星の形成は以下の過程として説明される。すなわち、まずは恒星(太陽)のまわりにあつまった宇宙塵が密集して原始惑星系円盤を形成し、遠心力によってそれらが集まることによって微惑星ができて、やがてそこから惑星が形成されるという過程である。この過程で、一部の微惑星は惑星にならずに保存される。「小惑星」とよばれるこの保存された微惑星は、研究者にとっては太陽系の原材料のヒントを含んだ重要な研究対象であるという。また地球に落ちる隕石の一部にも、太陽系では作ることができない物質をそのまま保存するものがあり、これらは始原的隕石とよばれる。

 瀧川先生のご研究は、おおきく3つに区分できる。第1の研究対象が、上述の始原的隕石からごくまれに見つかる「プレソーラー粒子」である。プレソーラー粒子は、分子雲やそれ以前の巨星から太陽が受けついだ物質である。先生によれば、これは「太陽よりひと世代前の恒星でできた鉱物の生き残り」で、わたしたちが手にできる「最古の物質」であるという。プレソーラー粒子には、たとえばシリコンカーバイド、グラファイト、コランダムなどがあり、その見た目から太陽系でできた物質との違いを判別することは難しいものの、あきらかに酸素同位体組成が太陽系でできた物質とは異なる。

 つまり、プレソーラー粒子かどうかを調べる方法のひとつは、酸素の同位体の測定となる。具体的には、資料となる粒子を金の土台におき、セシウムイオンで酸素をはがし取り、それらを遠心分離して同位体を測定するという手順をとる。この資料の調べかたは「研究者の性格のでる仕事」で、ひとによっては効率重視でいちどに大量の粒子をびっしりとおいて測定をおこない、結果的に見つかった(削りとられた状態の)粒子の姿を公表することもあるという。瀧川先生のお仕事はより丁寧で、検査前にあらかじめひとつひとつの粒子を写真に撮ってのこしておき、まばらに資料をおいて測定をおこなうという。こうした工夫によって、削り取られていないプレソーラー粒子の姿を公表できるなど研究成果にも違いが出てくるという。

 この研究では、プレソーラー粒子の表面にみられる多様な形状やクレーターを観察したり、その断面を電子顕微鏡で観察して内部組織を調べたりするという。たとえばプレソーラーサファイヤ粒子からは、星ができるときの核となるTi(チタン)を含む非晶質アルミナが発見されたり、放射性元素アルミニウム26から100万年ほどで変化するマグネシウム26が凝集して見つかったりといった結果が得られたという。こうした組成から、あるプレソーラー粒子が星の中心部に近い真空に近い状況で作られたとか、なにかの衝撃を与えるイベントによってクレーターができたということが推察できるという。くわえて面のかたちからも、ゆっくり成長したか否かということが推察できるという。

 瀧川先生の第2の研究対象は、太陽系外の恒星のまわりの粒子の発生である。ここでの研究関心は、星のまわりで粒子ができることが太陽系外でも起こりうるような一般的な事象なのかという疑問だという。もし一般的な事象であれば、わたしたちに見えている年老いた星(赤色巨星)のまわりでもできているはずだと考えた先生は、オリオン座の赤色超巨星ベテルギウスに着目した。ベテルギウスのまわりで粒子ができているかどうかを遠い地球から観測するという実験室とは異なる手法が、ここでは必要となる。

 遠隔から小さな粒子の観測が可能であることを理解するには、その前提として液体と固体の変化をふり返っておく必要があるという。たとえば、地球では液状のマグマが冷やされて石ができる。これに対して、地球にくらべて低圧で真空に近い状態の宇宙では、液体を経由することなく、ガスの状態から固体に直接変化する。進化末期の高温の恒星のまわりではガスの塊が膨張し、その膨張による密度と温度の低下によって、ガスの状態でいたものがどこかで固体に変化する。

 この過程をふまえると、遠いベテルギウスのまわりにある小さな粒子の存在を地球からでも確かめることができるのだという。粒子にふくまれるケイ酸塩は特定の光を吸収し、特徴的な赤外光を示す。つまり、ベテルギウスのまわりから放出される赤外線を観測することによって、その特徴的な光の吸収(スペクトル)が見つかり、粒子の存在を証明することができる。

 以上の赤外線観測とはべつに、赤色巨星のまわりで形成される粒子の存在をたしかめる方法がもうひとつある。それが、チリのアタカマ砂漠にある電波望遠鏡「アルマ望遠鏡」をもちいたガスの観測である。この望遠鏡では観測提案書を提出して審査を通過すれば、だれでも観測をおこなうことができる。ただ、天文学のプロでない先生は、専門家と協同しながら4度目の正直で観測に成功したという。

 上述の宇宙における固体の形成過程をふまえれば、ガスが固体に変わることで粒子ができるため、ガスが消えるところを観察できれば粒子の生まれるところを証明することができると、瀧川先生は考えた。実際、うみへび座W星の周辺のガスを観測すると、恒星の中心部に存在する気体のAlO分子がその外側には存在しておらず、かわりにケイ酸塩を構成するSiO分子が存在することが判明した。これにより、星の中心部と外側のあいだに、固体のできている場があると明らかになった。

 以上の赤外線観測と電波観測によって、恒星のまわりでの粒子の発生が太陽系以外でもおこりうる一般的な現象であって、より具体的には恒星の内部からすこし外側で膨張したガスが急冷される場所でガスの固体化が起こっているということをたしかめられた。

 しかし、瀧川先生のご研究は、始原的隕石をもちいた測定や天文学的な観測には留まらない。第3の研究対象に据えられたのは、人工的な模擬宇宙空間のなかでガスの急冷によってできるナノ粒子である。すなわち、ガスが消えた場所でどんな粒子ができているかについて物質科学的にたしかめる試みである。先生は、誘導熱プラズマ装置をもちいて人工的にガスを急冷してナノ粒子をつくり、そのスペクトラムを観察することによって、遠隔的に赤外線観測で得られたデータと人工のナノ粒子のデータを照らし合わせることを可能にした。こうした実際の固体との比較・照合は、従来の研究では石や液体から冷却して合成した固体を用いておこなわれていたものの、宇宙空間と同じようなスペクトルを観察することはできていなかった。これに対して、実際の恒星の周辺環境を人工的に再現した先生の実験では、宇宙空間で観測されたスペクトルとほぼ重なるスペクトルを示すナノ粒子の発生が認められたという。

 以上のように、瀧川先生はもともと専門ではなかった天文学的な観測までふくめた、複数の実験手法を組み合わせることによって、宇宙塵の形成・循環の解明にすこしずつ近づいている。そして現在も、太陽系の始原天体である彗星から物質をとってくるという次世代までふくめた銀河物質循環の検討ミッションに参加していらっしゃる。

 瀧川先生にとって、それぞれの手法は「どれもどこか欠けている」という。しかし、先生は各手法を「別のひとがやることではなく、ワンセット」と考え、どこか欠けているそれぞれの実験や観測を組みあわせることによって、自らの関心テーマを追求されてきた。とびぬけて「天文が好き」とか「鉱物が好き」という志望理由ではなかったことが、このように手法を問わない研究を可能にしているのではないかと、瀧川先生はふりかえる。

 講義のなかでは、ご自身の本来の専門でない観測手法に挑戦するにあたって、専門家ならば時間をかけずにできることに苦労するなど、思うようにいかない場面もあったというお話もあった。しかし、単一の学問分野やその手法にこだわるよりも、むしろ自分にとって面白いことや知りたいことを重視する先生の姿勢には、おおいに学ぶべきことがあると感じた。

(文責:TA稲垣/校閲:LAP事務局)

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コメント(最新2件 / 8)

MI710    reply

「ポストヒューマン」の時代、「人間」と言う概念は相対化され、過去のものとなりつつある。地質年代としての「人新世」は、人間の影響が全地球規模に至っていることを示すと同時に、一方それが地球の地層に刻まれる客観的指標の一つに過ぎず、人間が生まれる前も絶滅した後も惑星の活動は続き地層は積み重なるということを浮き彫りにしている。「人間」を介せずに世界を捉える営みとして、宇宙レベルの物質循環を想像することの価値はますます高まっていくのではないかと思う。その中で捉えられる人間は銀河物質循環の過程で生じた燃え滓に過ぎない。マイクロメートルやナノメートルのレベルの話と、恒星や太陽系といった巨大なスケールでの話を行ったり来たりする中で、宇宙空間における固体粒子がどのような存在で、どのようにして生成されたのかが明らかになっていく、という非常に壮大でアクロバティックな知の冒険を体験することができた。特に、具体的な実験や粒子分析、天体観測の様子を非常に詳細に聞くことができ、研究者たちが実際にどのようなことを行っているのかをイメージする手がかりとなった。

Taku0    reply

宇宙研究におけるスケールの幅広さに圧倒された。瀧川先生自身の話もおもしろく、漠然とした興味や印象で専攻する学問分野を決めたとおっしゃっていたのは、現在目指す進路が曖昧な自分にとって参考になった。今まで、研究者を目指すような人は、小さな頃からその分野に熱中して満を持して進路選択に至るという印象を抱いていたので、意外だった。一つにこだわりすぎず、様々な研究手法に挑戦することの大切さを学ぶとともに、先生のその幅広さは一つ一つの方法に真剣に向き合った結果でもあるということを強く感じた。自分も関心のある分野のいろいろな面に目を向けて学んでいきたいと思う。彗星探査のミッションがいずれニュースで大きく取り上げられる時、今回の講義を今一度思い出すだろう。

Roto    reply

宇宙の物質循環を明らかにするために、専門外である天文学の技術なども駆使して研究を進めていらっしゃることに感銘を受けた。この授業の文脈で言えば、第7回で戸矢先生がおっしゃっていた「領域横断」を、瀧川先生のように一人で実現することも可能なんだ、と感じた。それは先生の研究の特性上たまたま必要だったことなのかも知れないが、一般的に考えて、むしろ自分の興味関心が一つの学問分野や職業の範囲に収まることのほうが稀である。一般社会において、多くの人が自分の専門に留まりがちなのは、多くの場合それが職業的な意味で合理的だからで、自分の純粋な興味とは何かズレている部分を妥協しなければ、プロフェッショナルになることは難しい。それは全ての職業に共通することだ。しかし、今回の講義を受け、研究者という仕事において、瀧川先生のように高い基準で複数の専門性を両立させることができれば、各研究領域の専門性を保存しつつ、領域同士の境界線から解放され、より意義のある研究ができるのだと想像した。

futian0621    reply

自分は文系だが、先生がおっしゃったように、誰にでもある普遍的な宇宙への興味は持っていて、幼少の頃からプラネタリウムを見たり科学館で天体の展示を見たりするのが好きだった。特にその大きさや時間のスケールの果てしなさを感じて興奮していた。今回の話を聞いて、この世の全ての原子はこの銀河物質循環の中にあり、私たち自身もその循環に組み込まれた物質的存在だということに、壮大な宇宙の時間の一部が自らに宿っている気がして不思議な気持ちになった。

mayateru63    reply

私は前期教養時代に宇宙科学や構造化学α(宇宙化学の話をする講義)を履修していたりと宇宙について興味があったので今回の講義は大変楽しく聞くことができた。今は全く違う方向の学科に進んだが、この分野にある、今ある物質がその身を持って過去を我々に教えてくれるということにはやはり他の何にも代え難い興奮と喜びがあるなと感じた。ふとした時に本棚に眠っている宇宙や惑星などに関する本をもう一度読み直したいと思わせてくれる講義だった。

u1tokyo    reply

今回の講義では、我々の住む太陽系の物質がどこから来たのかについて研究されている先生のお話を聞くことができた。太陽という比較的軽い恒星しかない太陽系に、より重い恒星でないと作ることのできない元素が存在する理由はおそらく太陽より重い恒星由来の物質が太陽系のオリジンであるからという仮説が立てられるということであった。しかしこれを実証するのは容易ではなく、太陽系外縁部のプレソーラー物質を彗星から採取しようと試みたり、さらには遥か遠くの恒星から届く光をスペクトル解析することで先生の仮説立てた物質のスペクトルと一致する物質が恒星の周りにあるかどうかを調べたりなど、多様な観点から宇宙の理に迫られているとのことであった。先生の話されていた話で印象に残っているのは、多様な実験や方法で真実に迫る必要があるという話である。僕個人としても実験や観察はある一つの真実を自分たちの観測結果という視界へと射影したものに過ぎないと感じていたので、とても心に響いたひとことであった。彗星からのサンプル採取やプレソーラー物質についての観測結果を楽しみにしたいなと思った。ありがとうございました。

YCPK4    reply

太陽系の起源を調べるための様々な分析方法について知ることができてよかったです。また、非常に大きな時間スケールにおいて自分たちの起源についても考えることができ、なかなかに非日常的な思考の体験でした。
とくに面白いと思ったのが誘導熱プラズマ装置で、普通の条件ではあまりうまく目的のスペクトルにならないが、なるだけ実際の星の状況に近付けてやるとスペクトルが綺麗に合う、というのは、有名なミラーの実験みたいだなと思いました。
また、CAESARという計画に関心を引かれました。学問的な意義に加えて、今までで最も遠くからサンプルを持って帰ってくるというところに工学的なロマンを感じるからです。講義ではこの計画は認可されなかった、というようなことを仰っていたように思いますが、なるべく早く認可が下りて、僕が生きている間にサンプルを持って帰ってきてほしいと思いました。いったい何が分かるのか、素人からしても非常に楽しみであります。

kent0316    reply

本講義の中で、自分を構成する、骨・筋肉・タンパク質が何からできているのかという問いは
きわめて身近であり、同時に自分にとってすごく新鮮な話題でとても印象的でした。
また、太陽系などの大きなスケールの話題から、とても細かいスケールの話題まで、宇宙に関する研究がこれほど
幅広いという事実も自分にとってはとても驚きでした。

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