ディシプリン(学問領域)に
とらわれない思考を身につけたい

第10回 12月14日 中村尚

大気・海洋の循環と異常気象、気候変動、地球温暖化

大気・海洋の循環は極向きに熱エネルギ−を輸送しつつ、海洋から蒸発した水蒸気が降水を支え、世界各地域に特徴的な気候が形成されている。大気や海洋の状態は常に揺ぎ、各地に異常気象や気候変動をもたらしてきたが、近年はこうした自然変動に人為起源の地球温暖化が重なり、極端な異常気象が顕在化している。本講義では、気候系の成立ちや変動、温暖化の実態と問題点を把握したい。

講師紹介

中村尚
東北大学大学院理学研究科修士課程修了.ワシントン大学大気科学科にて1990年学位取得.同大・プリンストン大で研究員を務めた後,東京大学大学院理学系研究科助手,助教授,教授を経て,2011年より先端科学技術研究センター教授.現在に至る.専門は異常気象と気候変動に関わる大気循環系の形成と変動,海洋・海氷との相互作用,地球温暖化の影響.日本学術会議第3部会員(2014〜20).現在,気象庁異常気象分析検討会会長を務める.
授業風景

 第10回は、気象学分野で大気循環やそれに付随する気候変動をご専門とされている中村尚先生(先端科学技術研究センター)をお招きし、大気・海洋をめぐる水の循環とその輸送について、地球温暖化や異常気象との関連からお話いただいた。

 今回の講義は、「河川の流れはどのように維持されているのだろうか」という問いかけからはじめられた。気象や気候について検討するうえで、循環は切っても切れない本質的な現象であり、この河川の流れが維持される仕組みを考えることが、まさに循環の考え方の基本の型になるとのことであった。

 河川の流れをささえる水の循環を、地球規模で平均した大きなスケールでみると、海上では年間をとおして降水量を蒸発量が上回っている。つまり、年間36兆トンの水蒸気が、陸上へと輸送されている。この水蒸気が陸上に降水することで、陸面では降水量が蒸発量を上回ることになる。陸面に余分に供給された水は河川をとおって海洋に流れ出す。これが河川の流れが維持される仕組みであり、地球規模の大気循環や気候の変化を考えるうえで欠かせない視点であるという。というのも、上述の水蒸気輸送を支えているのが、まさにモンスーンや貿易風といった大気の流れだからである。

 つづいて、地球温暖化について観測データから4つの大きな変化が説明された。一点目は、気温上昇である。地球の全球平均でも過去100年間に約1.2℃気温が上昇している。上昇率はとくに北半球の陸上で大きく、例外的に北大西洋北西部や南半球の高緯度地域では低温化も見られる。

 二点目は、海面上昇である。原因はおもに、水温上昇によって海水が膨張したことにある。温暖化によってふえた地球上のエネルギーの90%ちかくは、海洋表層に貯熱されている。気温上昇を緩和させる各種の方策をおこなったとしても、この海に貯えられた熱が出てくるため、すぐさま気温上昇が止まるわけではない。このように、温暖化対策による改善が実際に気温にたいして効果を発揮するまでには長い期間を要する点に、先生は注意を促していた。

 三点目は、海洋に蓄えられている熱エネルギーによる海のなかの温暖化である。上述のとおり、1970年代以降、海洋表層の温暖化が確認されるとともに、1990年以降は水深3000m以上の深海でもほぼ確実に温暖化したという。

 そして四点目は、北半球雪氷域の減少である。南極域では明瞭な長期変化は見られていないものの、北極域の夏季海氷面積は21世紀に入ってから急激に減少している。それにとどまらず、雪氷に覆われる面積が減少すると、雪氷による地表面からの反射も減ってしまい、温暖化がいっそう進行することにつながる。

 これらの変化の原因となっているのは、わたしたちにも聞きなじみのある「温室効果」である。ただし、温室効果はいつも「悪者」というわけではなく、地球温暖化といったん区別して理解する必要があるという。温室効果とは、太陽光線であたためられた海面や陸面から放出された赤外線を、水蒸気や二酸化炭素 、メタンなどが吸収して大気をあたため、こんどはその大気からの赤外線が地表をさらにあたためる効果を指している。温室効果がなければ、現在のような快適な地球環境は維持できず、全球平均地表気温はマイナス18℃にまで下がってしまう。このように本来は必要なものである温室効果が、化石燃料の消費や森林伐採などの人為的な要因による大気中のCO2濃度の上昇によって強められてしまった事によって、現在の地球温暖化がひきおこされているという。

 くわえて、温室効果をもたらしているメカニズムを知るためには、放射の基礎知識が必要であるという。放射の法則のひとつは、「温度の高い物体ほど多くのエネルギーを射出する」というものである。そして、もうひとつは、「温度が高いほど、放出されるエネルギーの波長は短くなる」ということだ。これらを合わせると、温度の高い太陽からの放射は、波長が短く、ほとんどが可視光である一方で、温度の低い地球からの放射は、波長が長く目には見えない赤外線となることが示される。このように、太陽からの放射エネルギーと地球からの放射エネルギーの性質は明らかに異なるため、地球大気ではこのふたつを分離して扱うことができる。

 地球大気は太陽放射の可視光をほとんど遮ることがなく、紫外線域と近赤外領域の光が吸収されるのみである。他方で、赤外放射に対する吸収率は高いため、地球放射を吸収して大気をあたためることによって温室効果が生じる。そして、人間活動により二酸化炭素などの温室効果気体が増加すれば、そのぶんだけ温室効果が強化されて温度が上昇することになる。温度が上昇すれば水蒸気も増加して大気の赤外線吸収率が増大するとともに、上述のように雪氷がとけて太陽放射の反射も減少することによって、ますます温暖化が加速するという温暖化の正のフィードバックがはたらいてしまう。

 つづいて、地球上で熱がどのように輸送され、循環しているかについてよりくわしい説明がおこなわれた。地球全体をひとつの惑星とみると、太陽からの照射と地球からの放射はつりあっている。しかし、これは平均をとった場合の話であり、実際には地球上のどの地点かによって、うけとる太陽放射の量がまったく異なる。すなわち、低緯度ではうけとる放射が大きく雪氷による反射も小さいために、相対的に「加熱」状態となる。反対に高緯度では、「冷却」状態となる。

 中村先生によれば、このような緯度差による不均衡は、大気・海洋循環によって、暖かいほうから冷たいほうへと熱が輸送されることによって緩和されているのだという。まず、海洋による熱輸送が、おもに低緯度から中緯度への熱輸送を担当する。たとえば黒潮は、熱帯で大気から熱を奪い、太平洋西側を極向きに北上しながら、ちょうど日本のある中緯度域で、おもに海水蒸発によって大気に熱を放出する。反対に海盆の東側では、大気から熱を奪いながら亜熱帯を赤道方向に南下する寒流がある。このように同じ中緯度帯でも、緯度に対して暖かい海、冷たい海ができることにもなる。

 そして、大気による熱輸送が、おもに中緯度から高緯度への(正味の)熱輸送を担当する。地形と海陸熱コントラストによって、シベリア高気圧やアリューシャン低気圧のように毎年おなじ場所に高気圧/低気圧が発生・停滞し、季節風が発生する。この季節風の向きはちょうど中緯度から高緯度へという熱の偏在の向きと一致している。この大気循環にのって熱が輸送されていると理解できる。停滞する高・低気圧だけでなく、移動性高気圧や移動性低気圧も熱の偏在の向きと一致した空気の流れをつくりながら移動するため、熱がそれらにのって輸送されるのだという。以上から、気温と海流の向きにも、気温と風向きとのあいだにも強い相関があることが指摘された。

 講義の冒頭でも確認されたとおり、この大気循環は熱だけでなく水蒸気も同時に輸送している。水蒸気の輸送は、停滞性・移動性の気圧や貿易風による。貿易風は北半球では北東から、南半球では南東から吹きだし、赤道上でぶつかって収束する。このような空気の流れが、亜熱帯での蒸発から大量の水蒸気をうけとり、それを赤道上空へと運ぶ。このため、亜熱帯では蒸発でうばわれる水蒸気量が降水量を上回るが、赤道付近では輸送されてくる水蒸気をうけとるために降水量が蒸発量を大きく上回る。

 以上のような大気循環は、おもに地表・海表面に接して循環する輸送にかかわるものであったが、地球の大気循環はさらに立体的な構造を持っていることを中村先生は強調された。すなわち、大気のうちでも海面や地表に接している貿易風や偏西風のふく下底面と、超安定な成層圏に接している上底面(圏界面)のあいだにひろがる対流圏における「対流圏大循環」である。たとえば、この大循環のひとつをなすハドレー循環は、赤道収束帯からの上昇気流が上空で極向きに北上し、緯度30度くらいの亜熱帯上空で強い西風を形成する。また、移動性高・低気圧が頻繁に発達する中緯度域にもジェット気流があり、海上の偏西風を維持している。

 気候を考えるうえで、このジェット気流は注目に値するという。なぜなら、ジェット気流は寒帯と温帯のあいだ、温帯と熱帯のあいだといった気温の異なる空気の境目を吹くためである。ジェット気流は、暖気と寒気のはざまを流れるため、温度差により暖かいほうから冷たいほうへとはたらく気圧傾度力を受けており、この力が大きくなる上空ほどジェット気流はよりつよくなる。

 ジェット気流の蛇行は、温暖化が顕在化する以前から各地に異常気象をもたらしてきた。北半球の亜熱帯・中高緯度域を流れる偏西風が、通常より南に蛇行した場合、その場所は寒気の発達する気圧の谷となるために異常低温や竜巻、ひょう、豪雪などの不安定な天候にみまわれる。また、偏西風が北に蛇行する場所では通常よりも暖気が発達する気圧の峰となり、異常高温や干ばつ等が起こりやすくなる。くわえて、気圧の谷と気圧の峰のあいだでは、偏西風が上空で南西から北東に吹くために、下層でも南の暖かく湿った空気が北へ流れて集中豪雨が起きやすくなる。昨今増加している異常高温や豪雨も、人為的な温暖化にともなう気温上昇や水蒸気量増加に、自然変動としての偏西風の蛇行の影響が重なっているためだという。

 気象学では、気象観測によるデータ収集と、それらの数値を用いた天気予報をおこなっている。短期の数値天気予報は、最新の観測データに基づく初期場から方程式を用いてすこしずつ時間変化を積み上げ、未来の時点の大気状態を導きだすことで、(特別)警報や注意報の発表などといった防災情報作成にも貢献している。しかし、このような「決定論的」数値予報では、観測データの不完全性と大気循環のカオス性(予測不可能性)のために、期間が長くなるほど誤差が拡大してしまう。そのため、数値予報が有用となるのは1週間から長くとも10日が限度であるという。

 他方で、1週間よりも長いスパンの天気予報では確率を用いたアンサンブル予報がおこなわれている。これは、最新の観測データから得られた初期場に空間分布の異なる複数の誤差を人為的に加えた複数のデータをあわせて用いることによって、いくつものパターンで天気予報を計算して、その結果のばらつきの大きさから予報の不確実性が高いか低いかという情報を提供する予報方式である。日本の気象庁では、このさき1〜3か月の天気について、このような予報方式が採用されている。

 また、地球規模の気候現象の予測には各国のデータに基づいた複数モデルによるアンサンブル予報が用いられる。たとえばエルニーニョ現象やラニーニャ現象の予測には、世界中の気候関連機関がそれぞれのモデルで計算した予報データを、さらに合わせて平均することで高温になる確率の高い地域や低い地域などを求めている。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)評価報告書に示された気候の将来予測シナリオも、多くの数値気候モデルによるアンサンブル予測に基づいている。

 このように気象学・気候学では、理論研究だけでなく、実験による気象予測モデルの開発や、コンピューターと観測データをもちいた実証に重点がおかれている。気象予測モデルの開発では、たとえばノーベル物理学賞を受賞した眞鍋淑郎が、水蒸気による温暖化フィードバックと地球の水循環を用いた気候予測モデルを構築するなどの貢献をおこなっている。そして、近年の異常気象のなかでとくに重要性が高まっているビッグ・データ・サイエンス的な実証も、すでに欠かせないものとなっているという。

 中村先生が冒頭で述べられたように、地球の気象・気候を維持している水や大気の循環を理解することは、日々の天気予報への接し方や、地球温暖化や異常気象について適切に考えるうえでとても重要であると感じた。環境問題へとりくむ必要性が高まっているなか、人間の活動が環境に与えてきた変動やこれからの気候変動対策が与える人為的変動を、このような循環のなかに位置づけながら考えていきたい。

(文責:TA稲垣/校閲:LAP事務局)

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コメント(最新2件 / 7)

kent0316    reply

今日の講義で最も印象深かったのは、天気予報の話題でした。
普段何気なくニュースで聞いている、天気予報についてあまり深く考えることはなかったのでとても新鮮な内容でした。
1週間後の天気を予報するというのは、確かに考えてみるとかなり難しいように感じます。
複雑な要因が絡み合って変動する天気に対して、確率予報を出すという話は、
自分が興味のある機械学習の分野と通ずるものがある気がして、とても楽しそうでした。

mayateru63    reply

一年次のSセメスターに環境物質科学の基礎について学んだことがあったので少し聞き馴染みのある話題で面白く聞くことができた。特にジェット気流の蛇行によって異常気象が発生するという話題は新鮮な内容で、少し難しかったが興味深く感じた。これから付き合っていかねばならない環境問題について考える機会をくれる有り難い講義だった。

Roto    reply

天気予想の予測につきまとうカオスを観察するために、社会科学におけるRCTのような手法を導入すると、見事に一週間以降の予測が発散していくのが興味深かった。
温暖化は、人間と、人智を超えた循環である気候とのコミュニケーションがうまくいかないために生じる問題であると思う。気候の循環はある程度解析が進んでいるのかもしれないが、気候という循環もより大きな別の循環(例えば第9回の宇宙の物質循環)と連動しており、その先にも別の循環があるといった具合で、解析の手の届く範囲は当然ながら限定的である。気候の解析を進めることは非常に有意義なことである一方で、ある側面では人間と気候とのコミュニケーションを妨げる効果も生んでいると考える。気候をはじめとした自然現象は、本来的に人間の考える自然法則とは別の振る舞いをするもので、全知全能の神が人間にわかりやすいように世界を創造したのでない限り、自然法則によって人間が全ての自然現象をぴたりと言い当てることはできない。そのため、人為的な気候のコントロールの試みには、必ず気候の反抗がついてまわる。
とはいえ、問題なのは気候の解析ではなく、それをせざるを得なくなるほどの異常気象を作り出した何かであり、それが決定的に、人間と気候のコミュニケーションに溝を生んだ。それは言葉で言えば産業革命かもしれないが、自分の意見では、それはもう少し精神的な部分で、人間あるいは理性が主体的に何かを作り出すんだという、デカルト以来の人間社会の態度であるように思える。

futian0621    reply

個人的な話だが、自分は昔から天気や気象現象に興味があり、気象データを見たりするのが好きで、気象庁のホームページのヘビーユーザーなので今回の話は大変興味深かった。季節予報なども定期的に見ているが、異なる誤差を人工的に与えることで確率予報をしているというのが面白かった。だからこそ、大まかな季節の予報は外れることもあるということがわかった(暖冬とされていたが実際は寒い冬となるなど)。また、地球温暖化によって極端な異常気象が増えているというのも、実感することであり、災害が増える要因になっているというのは今後人類の最も大きな課題の一つだと改めてわかった。

Taku0    reply

大気や水の循環から出発し、最終的に地球温暖化の正のフィードバックや、天気、気候の将来予測について学んだ。自分を含め多くの人は、学問的な知見の結論(最終的な数値や評価)だけに注目し、ニュースでもたいていそれらのみが伝えられる。IPCCの
1.5°特別報告書について話を聞いたことはあっても、理解は気温上昇を1.5°以内に抑えることの重要性を認識するにとどまっているだろうし、天気予報だって、その仕組みに関心を持つことはあまりないだろう。今回、完全に理解できたとはとてもいえないが、気候変動モデルなどの話を聞き、どのようなデータをもとにどのように将来の不確実な状態を予想しようとしているのかを知ることができた。今後も地球温暖化や気候変動についてさまざまな情報を見聞きすると思うが、今回学んだような、目立つ情報の一歩先の仕組みや過程にも関心を広げていきたい。

u1tokyo    reply

今回の講義では、太陽から地球に伝わる放射熱由来の熱エネルギーの海洋への蓄積や熱収支について考えた後、熱と水蒸気の地球表面での循環を様々な視点で捉えることで気候の予測について学んだ。気候の予測には日、週という短いオーダーでの予測である天気予報と、年、世紀という長期的なオーダーで気候を捉える気候変動予測の両方が含まれ、これらについて考えることで気象学の手法について知ることができた。また、気象学の現代的手法として、様々なモデルについて仮説立てと検証を繰り返しより良い予測を生み出そうとする手法が主流なのだと知った。
僕が特に印象に残っているのは温室効果に関する正のフィードバックについての話だ。それは、一度人間の温室効果ガスによって閾値を超えて勢いを得た温暖化は、氷床の融解による熱反射効果の低下や海洋に蓄えられる熱エネルギーの放出などの要因でさらに加速しうるという話だった。確かに一度ポテンシャルの山を超えてしまった現象は更に加速し得るな、と後で気づくと同時に、放棄された都市が森に還るように、自然のサイクルは人間に抗い続けているとどこかで決めつけていた自分に気付くことができた。

YCPK4    reply

気候変動の話は、普段は (無意識に?) 考えないようにしているような気がしますが、やはり今回の講義のようにちゃんと考える機会があると、かなり深刻な気持ちになるものですね。
特に、海洋に莫大な熱が蓄えられているため、仮にいま人類がまったく温室効果ガスを排出しなくなったとしても、温暖化は止まることがない、ということが印象に残りました。つまり、地球温暖化という気候変動はすでに大きな勢いを持ってしまっており、それが止まるには長い時間がかかるということで、我々の環境がこれからどんどん変わっていくことは既にほぼ変えられない将来なのだ…ということが分かりました。
また、地球の気候には正のフィードバック機構があるという話や、ジェット気流は気圧差の力とコリオリの力で釣り合って維持されているという話が面白かったです。
頂いた資料にはすごい量の情報が記載されていたので、ここから色んなことを調べて勉強してみようと思います。

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