ディシプリン(学問領域)に
とらわれない思考を身につけたい

第10回 12月13日 山次康幸

自己・非自己の境界を超越するレジリエンス:植物からの学び

私達と同じように植物にも病気があり、それらを引き起こす病原菌は植物にとって紛れもない異物である。一方で、菌根菌や根粒菌など植物の生育を助ける微生物も存在し、共生菌と呼ばれている。病原菌と共生菌の働きは植物にとって真逆のものであるが、最近の研究で病原菌と共生菌の境界が実は紙一重のものであることがわかってきている。さらに分子レベルの微細な視野でみると植物を含む生物は異物である微生物を時には自身の中にまでゲノム・細胞レベルでとりこみながら巧みに利用する寛容さ・したたかさを持つこともわかってきた。本講義ではこうした生体と異物との対峙について植物の側面から光を当ててみたいと思う。

講師紹介

山次康幸
東京大学大学院農学生命科学研究科教授。博士(農学)2006年。東京大学大学院農学生命科学研究科助教、University of California Davis 客員研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科准教授を経て、2019年より現職。専門は植物病理学。植物の難病の原因となる植物ウイルスを研究対象とし、植物がもつ抗ウイルス免疫機構の解明を行っており、そこで得られた知見を基盤として、ゲノム編集技術等を利用した高度ウイルス抵抗性品種の開発を目指している。一方、植物の病気に関わる社会的課題にも取り組んでおり、2008年に我が国で初めて設立された植物病院の運営、植物病院ネットワークの構築、植物医師の養成、植物医科学の国際展開や国際貢献を目的とした研究活動を行っている。
授業風景

第10回授業では、農業生命科学研究科教授の山次康幸先生にご登壇いただいた。ご専門は植物病理学であり、とくに植物ウイルスに対して植物がどのように対処するかを研究されている。本講義では「寄生」と「共生」の二つの言葉をキーワードとしながら、植物と、菌類や細菌、ウイルスといった「異物」との関係のあり方についてお話しいただいた。

 まずは、本講義で必要とされる知識を導入しながら、植物に対し病原性を示す病原体や、植物と共生関係を結ぶ菌類、細菌類について説明いただいた。そもそも植物病理学の興りは19世紀中頃に遡る。当時、アイルランドではジャガイモが疫病によって枯死し、人口の20%が餓死するほどの大飢饉が起こっていた。このなかで、ドイツのドバリー博士が原因菌のジャガイモ疫病菌を発見したことを契機に、植物病理学は誕生したとのことだ。他の植物病の例としては、1960年代に当時のバナナの主要品種を駆逐したパナマ病もあげられる(原因はFocという、カビの仲間)。次に植物の疫病の原因となる菌類、細菌、ウイルスの3種類を解説いただいた。

次に、農業生産の話から、共生菌について簡単に説明があった。人類の歴史を紐解くと、人口増加率を上昇させたいくつかの時点があることがわかるが、1850年ごろの農業革命はその一つだろう。この農業革命ではノーフォーク農法が想起されるが、そのメリットは、連作による障害が予防される点、マメ科植物と共生する細菌である根粒菌が窒素固定をすることで土地の栄養が増す点にある。この根粒菌は、マメ科植物から光合成産物を受け取る代わりに、植物に栄養となる窒素源を供給する共生関係にある。他にも植物と共生関係にあるものは多い。菌類の仲間である菌根菌も、植物から光合成産物を受け取り、植物に土壌内の栄養素を植物に供給する共生関係にある。このように、農業と共生菌には深い関係がある。

続いて、例を挙げながら、「寄生」と「共生」の境界について考察された。普段我々は、「寄生」と「共生」は互いに明確に区別されると考えるが、植物病理学の観点から見るとそうとも言えない部分がある。例えば、多様な植物にこぶ上のがん腫を形成する根頭がん腫病菌は、紛れもなく病原菌である。しかし、最近の遺伝子解析の進歩の結果、共生菌であるマメ科植物根粒菌と同じ種であることが分かったという。当然、同じ種であるならば、なぜ植物に与える影響が二つでこうも異なるのかという疑問が湧いてくるだろう。山次先生によると、染色体の外部にあるDNA分子、プラスミドの違いが影響しているという。また、このプラスミドが互いに入れ替われば、その性質も逆転してしまうのである。このことから、植物病理学の分野において、「寄生」と「共生」の境界が、我々が普段考えているよりもずっと曖昧であることが理解できる。

さらに、植物が「異物」をどのように認識するかを、病原菌と共生菌とを対比しながら解説していただいた。菌類と細菌類を対象とした場合、植物が異物を認識する機構の一つに、パターン認識抵抗性(PTI)がある。これは、様々な病原菌を個別認識する代わりに、これらの病原菌に共通するものを認識することで異物に対処するというものである。この際に認識するのは、共通分子パターン(MAMP)であり、例えば鞭毛を構成するタンパク質や細胞壁成分、糸状菌の細胞壁成分などが挙げられる。植物はこれらの共通分子パターンを受容体によって認識することで病原菌に対処している。一方で、植物が共生菌の根粒菌を認識する際には、Nodファクターと呼ばれる物質が関わっている(菌根菌の場合は、MYCファクター)。根粒菌はNodファクターを合成した後に植物へ放出し、植物はNodファクターを認識して根粒形成を開始するという、非常に協調的なメカニズムがここでは働いているという。とはいえ、この物質がなぜ根粒形成のシグナルとして働く理由は不明だった。しかし、病原菌の細胞壁成分(キチンオリゴ糖)の修飾物とNodファクターとが酷似したものであることから、植物は共生菌を病原菌と同じ機構を用いて認識していると判明した。つまり、共生菌は、植物の異物認識する際に用いるパターン認識機構を巧みに利用することで、植物に認識されていることが明らかになったのである。「寄生」と「共生」を認識の観点から見ても、植物病理学の分野においてはその境界は曖昧であることがわかる。

ここからは、ウイルスに話を移し、植物が持つ遺伝子には、ウイルスを抑えるものと逆にウイルスを助けるものがあることを説明いただいた。ウイルスの特徴として、シンプルな構造、小ささ、遺伝情報の少なさなどが挙げられる。このことから、ウイルスは増えていくために必要なもののほとんどをホストに頼って得ていることがわかる。

植物ウイルス病は、その被害額の多さ、拡散スピードの速さ、特異的に作用する化学農薬が存在しない植物の難病であることが特徴である。そのため、ウイルスに抵抗性を持つ品種を開発することが望ましいが、その抵抗性には2種類ある。優性抵抗性と劣性抵抗性の二つである。前者は、ウイルスの感染を阻害する宿主遺伝子(抵抗性遺伝子)を持つことで、ウイルスが感染できなくなるというものである。後者は、ウイルスの場合は意外と多く、ウイルスの感染を促進する宿主遺伝子(感受性遺伝子)を持たないがために、ウイルスが感染できなくなるというものである。また、栽培作物のウイルス抵抗性においては、抵抗性遺伝子座と感受性遺伝子座の数がほぼ同じであることがわかっている。このように植物自身の生育には関係なく、ウイルス感染を促進する感受性遺伝子が存在することは、ウイルスが植物に対し何らかの役割を果たしているとも考えることができるだろう。ただ、この答えはまだ出ていない問いである。

ちなみに、ヒトゲノムにはウイルス配列が存在し、実際、ヒトゲノムの約8%は内在性レトロウイルス(ERV)の配列が組み込まれている。こういったヒト内在性ウイルスの働きの例として、胎盤形成が挙げられる。複数のウイルス由来の遺伝子が胎盤形成に関与していることが判明している。このような働きは植物にも見られる。例えばある植物は、ウイルスに感染した菌に感染することで、高温耐性を獲得できるのだという。

以上見てきたように、植物はウイルス感染を抑制、促進するシステムを持ち、ウイルスは増殖に宿主を利用することから、宿主の生存を必要としている。このことから、宿主とウイルス両者は、それぞれの適応度を上げる形で、適度に共存できるとも言える(潜在感染)。さらに踏み込んで、植物・ウイルス間の共生的な関係の可能性を見出すことも可能かもしれない。とはいえ、植物・ウイルス間の相互作用は共進化にはとどまらず、農業の発展に伴って持ち込まれる様々な画一化によって変化していくものだと留意する必要があるだろう。

最後に、講義の主題「異物」と、キーワードの「共生」についてまとめていただいた。山次先生によれば、「共生」とは、ただ仲良くすることではなく、生き残りをかけた競争の果てに、互いに利することが最適となった関係のことを指す。そして「異物」とは、ある時点で攻撃標的として受容されるが、異物を認識する側、異物が変化し続けるために、次の時点でも「異物」であるかはわからないものである。

植物病理学の観点から見た「異物」の講義によって、共生関係と寄生関係の境界線が思っているよりも曖昧であること、互いの相互関係は固定的なものではありえず、絶えず適応しながら変化していくことが理解できた。こうした植物病理学の知見を社会の関係に安易に適応することは好ましくはないが、様々な「異物」、「共生」のあり方を探る上では決して見逃してはならない。山次先生には、具体例を交えながら(あまり紹介できなかったが)、基本的な知識から専門的な研究に至るまでを明快に語っていただき、改めて感謝申し上げたい。 (文責・TA荒畑 / 校閲・LAP事務局)


コメント(最新2件 / 12)

oku2222    reply

植物ウイルスの被害額が思っていたよりも何百倍も大きく、驚きでした。
個人的にパナマ病のグロスミッシェル種とキャベンディッシュ種が気になったので後ほど詳しく調べてみようと思った。
興味深い講義ありがとうございました

Ita4048    reply

根粒菌と植物の共生については高校の生物の授業で聞いたことはあったが、根粒菌が物質を分泌して植物に認識させるということは知らなかったので今回の授業で知ることができてよかった。ヒトゲノムにウイルスが不活化されているとはいえ存在していると知ってとても驚いた。ウイルスに感染した菌に感染した植物が高温耐性を獲得するのは非常に面白いと思った。また、カビに感染するウイルスがあるのも面白いと思った。

dadasaba2023    reply

農耕の開始や農業革命や緑の革命が人口増加に与えた影響の大きさをとても実感するとともに、植物病原菌の恐ろしさも痛感しました。パナマ病のバナナの話もありましたが、価格の高騰など私たちの生活に大きな影響を及ぼすのだろうと思います。アイルランド飢饉のケースのように、よく食べられていたじゃがいもに病害が発生してしまったら人口の5分の1が餓死してしまったということが良い例かもしれないと思いました。また、なぜ感受性遺伝子なんてものがあるのだろうかという疑問に対して、確かになんでこんなものがあるんだろうと私も疑問に思いました。その後の説明でヒトゲノムや植物の例が紹介されましたが、何かしらの役割があるのだなと思いました。異物に関する説明では、異物とはある時点で攻撃標的として受容されるものであるということや、認識者も異物も変化するから次の時点で引き続き異物であるかどうかはわからないとのことでした。授業全体を通して、そのような説明に納得できた気がしました。

Shintaro0610    reply

リポキチンオリゴ糖が、前々回講義の民族についての異物という題材においての「受け入れ先において重要とされている要素」である共通項、例えば言語のようなものなのだと思った。キチンオリゴ糖が植物の細胞壁をなしているということからも、それが「重要とされている要素」であることが分かる。
また、最終的に病原性と抵抗性のバランスが取られることもとても興味深かった。

marika0401    reply

文系でも理解できるよう基本の定義から丁寧に説明してくださったのでなんとか話の内容を理解することができた。異物の性質として、異物もその認識者も変化し続けるため、異物自体も排除されるべき異物であり続けるわけではない、というのが面白いと思った。医学の分野での異物を、性質に一貫性のある固定的なものと捉えてしまっていたが、たしかにコロナウイルスも変異株がたくさん登場した。世界中の様々な地域で感染を広げていく中でウイルスに適応の力が働き、各地の人間と共存する方向に変異していっていたとしてもおかしくないと思う。パンデミックが始まってすぐは漠然とこれまでの日常が取り戻せると思っていたが、だんだんと雲行きが怪しくなり先の見えないトンネルのような感覚になっていった。そんな中で、最終的にウイルスは潜在感染の状態になるかもしれないという仮説はなんだか安心させてくれる仮説だと感じた。また、コロナウイルスの根絶や、コロナがインフルエンザのような立ち位置に終結することを私は望んでいたが、それはウイルスに感染した状態は病気であり病原菌を排除して回復すべき状態だと考えていたということで、潜在感染や共生といったウイルスを身体に宿したまま共存していくという未来は考えていなかった。そういう意味でも異物に対する考えを変化させてくれるお話だった。

achi003    reply

植物病原菌として紹介された菌類、細菌、ウイルスの中で菌類と細菌に関しては、人体に有益なきのこや納豆菌などの存在から、植物にとって有効な役割を果たすものがあるという事実を受け入れやすいですが、ウイルスについては基本的に有害なものであるというイメージが強いので、植物病原菌としてのウイルスが植物にとって何かしらの役割を果たしているかもしれないのというお話はとても興味深かったです。ウイルスとの共存戦略に関して、ウイルスは宿主として植物を必要としているため共存しようとするのは理解できますが、植物側には共存するメリットがないのではないかと考えていたので、今回の講義を聞いてその問題についても納得することができました。
植物の生態についてはほとんど事前知識がなかったのですが、植物がさまざまな対象を認識する仕組みなどを今回色々と知り、その仕組みの精巧さに驚きました。植物は動物よりも簡単な構造や仕組みを持っているのだろうと考えていたのですが、自分が知らないだけで植物も思っていた以上に複雑な機構を備えているのだと知り、生物は面白いなと感じました。

ustubi23    reply

内容としては専門的なものが多く含まれていたと思いますが、その説明や、スライドの作りがとてもわかりやすく、農学についての基礎知識を持ち合わせていないながらも、1つ1つの事項について興味深く聞くことができました。特に、病源菌と共生菌のあり方には共通する部分が多くあり、ものによっては、少しのことで病源菌と共生菌とが入れ替わってしまうといったことについて、こうした病源菌と共生菌の区別のある種の曖昧性に驚くとともに、このことは、植物の細胞にやってきたものがそのどちらであるのか、言い換えれば、異物かそうでないかを決める境界線が、物質的な実体により定まっているというよりも、その存在が植物にとってどのような影響を及ぼすのかという、作用の観点によって決まっている、ということを示しているのではないかと想像しました。ただ、素人考えを展開してみれば、自然選択による進化の過程で、その植物に悪い影響を与えるものを排除し、また、良い影響を与えるものと共生的な関係を築くことのできる遺伝子があれば、そのシェアは増大していくものだと考えると、これは自然なことであるとも思いました。

k1t0k1t0    reply

植物にフォーカスしてみる機会がこれまでなく、全く知らないことだらけで非常に面白かったです。
異物に対して寄生と共生とから考えるという発想はなかなか実感が湧きにくいですが、ウィルス等の異物を認識する機構の部分から考えると非常に興味深く感じました。
感受性遺伝子など、しくみがある中に異物がやってくる、しくみの違いによっても反応が違うということは非常に良い視座だと感じました。ウィルスが不明ではあるが何らかの役割を果たすという状態の、「何らかの役割」という部分を追究するという立場の重要性を考えさせられました。

nezumi02    reply

 病原菌と共生菌という、全く性質の異なるものが紙一重である、というお話が特に興味深く印象に残っています。
 今までの様々な観点からの「異物」についての講義を通して、「異物」とは実はとても曖昧なものであり、何が異物であり何が異物でないのか、異物とはどのように関わればよいのか、といったことが非常に複雑でややこしいものだという印象を抱いてきました。今回の講義においても、紛れもない異物であるはずの病原菌が、それと真逆の働きをもち異物とは言えないように思われる共生菌と非常に似通っているというお話があり、驚きと同時に、細菌の世界でもそうなんだ、という納得の気持ちもありました。
 このフロンティア講義も終盤に近づいている今、改めて「異物」について自分なりに考えを巡らせてみたいと思います。

otomitl3    reply

ウイルスは病原体で感染すると害があり絶対に避けるべきもの、という印象が普段あるだけに、ウイルスは宿主が生存できるように進化していくというのは意外に思えてしまうことだと思いました。それどころか植物の側からも何かしらの利益のためウイルスの増殖を促進する遺伝子、ヒトゲノムにもウイルス由来のものが含まれているというのは大変驚きました。ただ感染防御するだけでなく何かしらの感染を促進まですることが利益となるとは生存競争というものは複雑だと感じさせられました。またこのような意外なことがありうるからこそ多様性は重要なのだと、月並みですが改めて思わされました。

yamori59    reply

最初に菌類と細菌、ウイルスの定義を説明してもらい、菌類と細菌の違いやウイルスが非生物だということを理解できてよかった。根頭がん腫病菌と根粒菌が、ゲノムの外のプラスミドの違いだけで働きが変わると聞き、別の病原性の菌もゲノムの外をいじるだけで病原性がなくなったりするのではないかと考えた。ヒトゲノムに存在するウイルス配列の話や植物とウイルスの共生の話を聞いて、ウイルスをただ悪いものだとみなしていた考えを改め、ウイルスとの付き合い方を考えなければいけないなと感じた。

mitsudashinya2    reply

第一回や第五回の講義で、人間と大腸菌との共生や自己免疫疾患といった人間の個体と異物の区別の境界線上に位置する事象を扱った後だったので、植物と菌類、細菌による共生のお話がその比較の中でより興味深いものとして拝聴することができました。
お話の中で特に興味深かったのはウイルスのお話で、特定の塩基配列を持つヌクレオチド鎖を塗り付けることでウイルス感染が起こるという実験に、やはり私も興味を引かれました。情報そのものにある種の伝染性があるように見え、同時にコンピュータウイルスのメタファーはかなり的をえた表現なのだなと感心しました。
また、ただ生物のシステムを介して増殖し、変異と感染の連鎖のなかで確率的なプロセスを繰り返して平凡化していき、一部は遺伝子情報に取り込まれてしまっているものもあるというお話は、ウイルスの物質性をかなり実感させるもので、連続講義全体のテーマである「異物」をぞっとするほど唯物論的に語る方法であるようにも思いました(第一に実証による積み重ねと科学的な推論の結果であることは承知の上です)。今回の授業を踏まえて、第五回の授業の病と異物に関する人文学的な視点に傾斜した語りをもう一度思い出してみたいと感じました。
大変興味深い講義をありがとうございました。

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